つける薬なし ２
厳しい夏の日は続いている。
それでもその日の昼下がりは少しだけ湿度が下がり、日陰ではそよぐ風に涼を得られそうだった。
雲が地上から生えている。
のぞく蒼天はどこまでも深い。
いい天気だ。
公園の草むらでピクニックなどという典型的なレジャーにおいて、恋人たちはきらめく日差しに照らされ輝いている。
それがな。
「なーんだか、ムカつくんだよなあ・・・」
００２がひとりごちる。
どこまでも青い空がムカつく。
平和な風景がムカつく。
ああああムカつく。
「中華が胃にもたれたのか？」
寝転がっていた００２の横に、およそ娯楽とは縁のなさそうなタイラントが腰掛け、いぶかしげに、少し気難しげに顔を見下ろした。
それを鬱陶しげにちらりと見やって、００２は再び自分たちから少し離れた位置にいる００３と００９に視線を戻した。
「んなわけねーだろ・・・聞かれたらどーすんだ。黒焦げにされるだろ」
タイラントは背後の００６を見やって小さく笑う。
「いや、怒らないだろ。・・・怒るかな」
少し首をかしげ、やはり視線を前方に向けた。００３が何かを語っており、００９は穏やかな様子で、ときおり頷いたりしながら話を聞いている。
草花の美しさか、音楽の素晴らしさか、そういったことを話しているのではないだろうか。昔話のエンディングのような幸福なシチュエーションそのままの、あるいは見つめ合う姿で愛を表現する絵画のような二人だった。
タイラントは両手を後ろの地面について、は、と空に向かって息をついた。
「まあ、なんとなく、気持ちは分かる気がする」
「だろ？」
「同じ場所にいても遠いっていうか」
「異世界ってんだよ、アレは」
「手を伸ばしても届かないっていうか」
「伸ばす気もおきねえだろ、バカバカしくってさ」
「・・・そうだな。手を伸ばしたら馬鹿だよな。それくらいは俺もわかる」
「じゃなくて。伸ばすのは簡単なんだぜ？だが、その結果もわかっちまってるから、そりゃバカバカしいだろって話してんだ」
タイラントは少し驚いたように００２を見た。言葉の行く先を捜すようにしばらくそうしていたが、００２は意地でも意に介す気はなく、強行にぼんやりと二人の姿を眺める。
タイラントは再び小さなため息をついた。
「簡単か？」
「簡単だろ」
「俺には、とてつもなく難しい」
「そーいう時、ジョーの国では『当たって砕けろ』って言うらしいぜ」
「なぜ？普通、砕けたくないと思うが」
「だな」
なんとなく苦笑しあって、沈黙が降りる。
目の前の恋人たちの嫌がらせのような時間は続いている。
バカバカしい。
そこへ割ってはいることなど、本当に簡単なのだった。
「あーあ、だから俺はこんなのめんどくせえって言ったのに。一緒に来ないなら飯食わせないだの、ふくれっつらだので引っ張ってきやがって、ったく」
「飯は食ったんだから、もう帰ってもいいんじゃないか？」
からかう風ではなく、あくまで生真面目にタイラントがつっこむ。
００２はちっと舌打ちした。
「食ったからには労働しろってさ。調理した荷物とか運べとかって、やるつもり全然ねーけど」
「でも帰らないんだな」
「一応、やるフリぐらいはしとかねーと、後でうるせーから」
「そうだな」
今度は、タイラントが微笑した。
「なんだかそれって家族みたいだな。いや、俺は家族ってよく分かってないかもしれないけど」
「はあ？じゃなにか、あいつらがお父さんとお母さんってか？」
「いや、あれは単なる新婚さんだな・・・いや、だから俺、よく分かってないかもしれないけど」
つっこんでおいてからタイラントは自分の言葉にダメージをくらったように顔をしかめた。
００２はその様子を見ないように、目を閉じる。
「全然家族じゃねえじゃん。道歩いてると大量に出くわすイチャイチャしてる他人様と同類だぜ」
「その他人様をじーっと眺めてる俺たちは変質者だな」
「じーっと眺めてなんてねーよ。たまたま、あいつらが、俺の視界の中にはいっちまってるんだ」
「なかなかのベストポジションだ」
「偶然だ」
「俺は・・・偶然じゃないかもしれない」
「そうかよ」
明白な、といえば、これほど明白な事もない。
二人はまだ楽しそうに話し込んでいる。長い。
「不毛だな・・・」
タイラントのつぶやきに、００２は答えない。答えたら負けだからだ。
「俺、何やってんだろうな・・・？」
だから答えない。
「でもさ・・・どうしようもないんだから、なるようにしかならないんだよな・・・好き・・・ってさ」
いや、コイツは何をいいだした？
答えない、答えない・・・！
いっそ耳をふさぎたいが、不自然なので無視を決め込む。
「さっきみんなで机囲んでたときだって、気がつくと目で追ってるし。ホント、参るよな・・・」
いやそれは、出し抜けにそんなカミングアウトされてる、こっちの台詞だ！いや、ぶっちゃけ全くカミングアウトじゃないんだが！
「でも知らなかったな、お前もだなんて・・・」
「は？」
「嫉妬なんて醜いって分かってるけどさ。やっぱり、ああやって仲睦まじいところを見せ付けられると、なんだか寂しい気持ちになるのは仕方がないと思う。これって、人間らしい感情が残ってるってことだよな・・・こんな気持ちにさせられるなんて、スゴイと思う」
００２は思わず身を起こした。
目の前の馬鹿の瞳が、なんだろう同情に満ちている。
「だから、分かるよ、なんとなく」
嫌な予感が背中を走って。
「お前も、ジョーのことが好きだったんだな・・・俺、気がつかなくて・・・」
「ちぃぃがぁぁうぅぅぅぅだぁぁぁろおおおおおお！！！」
００７が、壮大なピクニックの後片付けに勤しむ００６に参戦しようと腰を上げたとき、恐らく同じことを考えたのだろう００３と００９がこちらに向かってくるのに気がついた。
「よぉ。ずいぶんと楽しそうに話し込んでたな」
「ああ・・・うん」
００９は００３と笑いあって。
「珍しくジェットとタイラントが話し込んでたから、何話してるのかなーって気になってね」
「はあ。なるほど、珍しい組み合わせかも」
「僕が食べ物の話かなって言ったら、フランソワーズが、案外人生相談だったりして、なんていいだすものだから、ついつい想像して話こんじゃったんだ」
ね、といたずらっぽく笑う００９に、００３も口に手をあてて微笑む。
「だって、普段本心を言わない意地っ張りが二人でしょ？気になるわよ。あ、もちろん盗み聞きなんてしないわよ？本当に人生相談だったら二人に悪いもの」
００７もなるほどな、と頷いて苦笑いする。
「何を話してるか気になる、か・・・お前さんたち、案外・・・というか」
「え？何？」
「ああ、いや・・・なんでもないさ。まあ、そんな話で盛り上がってた・・・てなことは、あの二人には内緒だな」
「そこーおしゃべりしてないで手伝うアル！」
００６の声が割り込んで、はいはい、と手を振りながらさっさと手伝いに向かう。
００９、００３の後ろについていきながら、くくく、と００７は笑ってちいさくこぼした。
「男女の嫉妬は人生最良のスパイスとくりゃ。まあ、この程度のどたばたは、芝居の筋としちゃあ単純明快にすぎるがな」
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