What is the big deal?
「もちろんあるが・・・何かあったのか？」
タイラントが００９と再会を果たすために北海基地へ行ってから、一週間と少し。
エカテリーナからライへ、タイラント用の交換部品を譲ってほしいという連絡があった。
しかし、交換部品はエカテリーナの手元にも充分あるはずだ。そもそも今回の旅立ちは、タイラントがメンテナンスのためにエカテリーナの所へ寄ったところから始まっている。その後００９に会いに行っただけで交換部品が必要になるというのもおかしな話だ。
「タイラントは北海基地でジョーと会った後、お前のところへ戻ったんだな。それでどうして部品が必要になる？まさか二人が大ゲンカでもして、結果タイラントがボコボコにやられたとか、そういうことか？」
『その通り。ただし部品が必要なのは、タイラントじゃなくて、ジョーの方』
「は？」
冗談半分で言ったことをさらりと肯定されて、返す言葉を見失う。
まあ、いろいろある二人だ、口ゲンカぐらいはありだろう。だが、本気でガチンコしてタイラントが勝ち、しかも００９をボコボコにするなど、到底想像できない。
兄の不審を受けて、エカテリーナは端的に言い直した。
『負けたのはタイラントだけど、ボロボロなのはジョーってコト』
ケンカして？
「さっぱり話が見えないな・・・」
『それはおいおい、タイラントに聞いて頂戴』
エカテリーナの不機嫌はそうとうなものだ。
００９が傷ついたことにより、妹とタイラントまでがケンカになったのかと訝り、そんなハズはないと思い直す。アクシデントが起こったとしても、それはタイラントと００９の問題であり、そこへ口を出すようなまねを妹はしない。だいたい、タイラントではエカテリーナのケンカ相手にはならないこともまた明らかだ。
『リストを送るから、可能なものは手配して。借りはあとで返すわ』
通信は事務連絡のみで切れる。
とりつくシマもない。
＊
さて、どうしたものか。
考えながら座っていると、端末が小さく音を鳴らして新着データがあること知らせた。送り主が妹であることを確認し、送られた電子データを開封する。
「おいおいエカテリーナ・・・ウチは部品工場じゃないんだぞ・・・？」
リストを連ねる膨大な部品の数に、ライはため息をもらした。
一体全体、タイラントと００９は、どんだけもめてるんだ？
それとなくチアフルに聞いてみるか、と思ったが、その場合、探りを入れたことがエカテリーナにつつぬけなのは必定。そのことによってさらに苛立たせるよりも、ギルモア博士に聞くのが妥当かもしれない。しかし、エカテリーナは「ジョーの部品」が必要なのだ。すなわち、すでにギルモア博士には在庫を当たった後で、そちらには望みのものがなかったということなのだろう。もしくは、部品が必要だということを隠しておきたいのか。その場合、事態はより深刻・・・というより、デリケート味を増してくる。
とりあえずは様子を見るしかなさそう・・・か。
ライは立ち上がり、交換部品が収納されている倉庫へ向かった。
しばらくは新しいストック作りに忙殺されそうだ、とため息をつきながら。
＊
全て、とはいかないまでも、部品はある程度用意することができた。
輸送の手配をとった後、ライはエカテリーナに連絡を入れた。
「とりあえず、あるものは送った」
『そう。助かる』
ほっとしたように言う。大分落ち着いたようで、もういつもの妹に戻っている。
ライも一緒にほっとしながら、ついでの用件を切り出した。
「こっちで試作した新しい部品も何点か入れた。お前に見てもらおうと思っていたものだ。ちょうどいいから確認してみてくれ。設計書も同封したから・・・」
『兄さん、それナイス！』
「・・・へ？」
妹の弾んだ声を聞いて、ライは面食らう。
エカテリーナは、通信機の向こうでコホンと咳払いをしたような間を置き、冷徹ないつもの調子に戻る。
『なんでもないから気にしないで。本当に助かった』
怪しい。モーレツに怪しい。
「なあ、エカテリーナ。そっちでは何が起こってるんだ？まさかお前の身に危険があるんじゃないだろうな？」
『ないわよ。でもそう・・・』
なんだかウキウキした声。らしくなくて背筋がさむーくなるような・・・。
『あるとしたら、チアフルが私に・・・』
「私に！？なんだ、私にって、なんだっ！！」
『・・・マズイものを食べさせるかもしれないってコトぐらい、かしらねぇ」
ふふふ、とかなり意地の悪い笑いが続く。
勢いでライは通信をぶった切った。
「あーっ、もう、くそっ！」
アイツ、性格悪くなった！絶対、悪くなった！
元気になった証拠だろう。だが、ちーっとも喜べない。
苛立つ気持ちをもてあましながら作業場へ移った。
減ってしまったストック分を補充すべく、交換部品の製作にとりかかる。
タイラントは００９と会って、もしかしたら激しいケンカをしたのかもしれない。
だが、すぐに仲直りして楽しい時を過ごすハズだ。
彼らは仲良くやっている。だから、余計なコトは考えなくていい。
努めて淡々と作業を続けていると、妙にむなしさが募ってきた。
ひととき手を止め、静寂の中。
なんだか無性に、妹に会いたくなってしまった。
＊
旅立ちから二週間ほど後、タイラントは帰ってきた。
「何で、ゆっくりしてきてくれ・・・なんてジョーに言ったんだよ！」
００９との再会で機嫌よく帰って来ると踏んでいたライは、またしても意表をつかれた。訳が分からず口調もしどろもどろになる。
「何でって、そりゃ、久しぶりに会うんだから、楽しんで来いって意味だが、どうしてだ？」
「おかげで大変な・・・大変だったんだぞ！」
ほとんど泣きそうなタイラントである。
相変わらずなんて涙腺のゆるい奴だ、と思いつつ、どうやら思っていたより大変なことがあったのだろうと認識した。それはそうだろう。なんせ、あれだけの部品を必要とした原因なのだ。
「やっぱり、あの大量の部品はお前に使ったのか？いや、エカテリーナが、やられてるのはジョーの方だって言うから、おかしいなとは思っていたんだが」
「それはジョーの方だ！」
「はあ？」
「でも大変だったのは俺もだ！」
「はあ・・・」
もう、何がなんだか。
肩で息をするほど興奮しているタイラントを静めようと、ライは話題を変えることにした。
「そういえば、新しい部品の具合、どうだ？」
タイラントが、ぴく、と動きを止める。
「俺が送ったヤツ、エカテリーナから採用したって連絡が・・・」
「ラぁあ〜イぃいいい〜っっ！！！」
この時、ライはタイラントからすさまじい殺気を感じて死を覚悟した。
というのは、はたで見ていたアイラニの談。
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