つける薬なし １
「・・・でさ、タイラント？」
涼やかな茶の瞳がじっと見つめてくる。
その深い色から逃げるように空を仰いだ。晴天だなあ。
「どこ見てるんだい？」
質問ぜめか。穏やかなコイツにしては珍しい。
いや、そうでもないか。いつだって相手のコトを心配して、気遣ってくれる。本当にこれが殺人兵器というべき戦闘用サイボーグかと疑うほどに。
「あのね。言っておくけど、怒ってないから。ただ、どうして約束の時間からこんなに遅くなったのか、真実を知りたいだけだよ？」
優しげな声音の方へ、ちらりと瞬間だけ視線を向けてみる・・・うわ。見なきゃよかったよな？
「ひ、さ、し、ぶ、り、に、会ったのに、どうしてだんまりなのかな」
ふう、とこれ見よがしなため息が聞こえた。
やめてクダサイ、その儚げ攻撃。
「ほら、何も言わないなら、非常に残念なことだけど、本当に哀しいことだけど、僕の実力をもって君の口を割らせるしか方法が・・・」
「あわわわ、ええと、いや、だからさ！」
紛れもない殺気を感じて慌て向き直る。勢いで目もあってしまった。
ああ、確かに久しぶりだ。
懐かしい。
「俺だって、今日を楽しみにしてたんだぜ？朝だってすごく早く・・・というより、夜から起きてて・・・というか徹夜・・・？」
「ふうん？」
半信半疑を含んだ相槌。
疑いはごもっとも、そのとおり嘘だ。徹夜どころか、ここ一週間ぐらい眠れていない。
睡眠とれずに無駄に体力消耗など、ついに限界だって時に襲われたらおしまいだ。
けどまあ、それはおいておいて。
「街に出て、ここを目指して歩いて・・・日本も相当暑いんだなあとか感心しながらさ」
「そうだね。ここ何日かは夏日が続いてるんだ。そのうえ湿度が高くて具合の悪い人も続出してるってニュースで言ってたね」
「やっぱり！」
生身の人間にはツライだろう、特に老人にはキツイよな、なんて思って。
「俺の目の前でもじいさんがさ、こう、一生懸命、ダンボールを片付けてて」
「うん」
「あ、手伝ったほうがいいか、でも俺みたいな外国人が近寄ったら、きっと驚くだろうから、何かあるまで見守ろうと思って・・・」
思って。じっと作業が終わるまで、待っていて。
遠くからサイレンの音が聴こえてきて、ああ、あれが日本のポリスかあ、へえ、なんてのんきに構えてたら、目の前で止まって・・・
「気がついたら、じいさん、いつの間にか家の中からのぞくようにこっち見ててさ。で、ポリスが、死地へ向かってるのか？と突っ込みたくなるような形相で近寄ってきて、あ、これはやばいなって・・・」
「君は一体、どういう場所で立ち止まっていたんだい？そんなあからさまに不審者に間違われるなんて」
「いや、普通に立ってただけだよ！まあ、一応あたりに気を配ってはいたけどさ」
「路上に一人、辺りに目を光らせ、特に一人の老人を凝視して立ってたってこと？」
「う・・・ん。説明されると、そうなるか？」
「日本だと外国人ってだけで十分目立つから・・・」
「ああ、なるほど」
さすが島国というところだろうか。
「で、まあ、ほら、俺、いろいろと説明しづらい立場だろ？これは逃げるしかないなと思って・・・」
「逃げた？」
「ああ」
「走って？」
「一応、加速装置つかって、速やかに・・・」
「ははーん」
なにそのリアクション。カンベンして。
「混乱するのを避けたかったんだ！目立ちたくなかったし、戦闘なんて、もってのほかだし！」
「はいはい。で、それで？こんなに遅れたんだ、まだあるんだろう？」
「ああ。うっかりしたんだが、着てた服が一部普通の素材だったから、加速装置使ったときに焼ききれちゃったんだ」
今度はジョーは黙り込んでいる。
いや、ここは「バカだなあ」とかつっこんでほしい。
「・・・で、上半身裸になっちゃってだな、これは家に帰って出直そうとしたら、なんか後ろに人がいてさ、すげー悲鳴あげられちゃって、羽交い絞めにされちゃって」
それがごっついカンジじゃなくて、柔らかくってぽよぽよの、つまりは女性の感触だったわけで・・・
「あんたいい体してるわね、イイ！いいわ！最高！きゃあああーーー、とか騒がれて、慌てて口をふさいで建物の中に避難して・・・」
「・・・なんだか犯罪じみてきたね」
「なんでだよ！」
「だって、女性の口をふさいで建物に力ずくで押し込むって、どう見たって犯罪行為だろう」
そう言われれば、そうだけど。
「最初に抱きつかれた俺としては、そっちの方が犯罪だ！」
「加速装置つかってその場を離脱できるヤツが何を言ってるんだい？だいたい、よけるとかさけるとかできなかった君の落ち度だよね？」
ぐうう・・・
「だって、殺気なかったから・・・」
「で？その女性とは話でもしたのかい？それとも・・・」
それとも？
って、ぐわあああああああっっ！
変な事言い出さないでくれよな？
「アイスもらった！」
力いっぱい答えると、先は言わないでいてくれた。ありがとう。
「なんか青いやつ！棒にくっついてるやつ！ひやっと氷っぽくて、スゲー甘いやつ！なんだっけ、ええっと・・・がりがりくん、とかいうやつらしい」
「へえー」
「本当だって！結構いけたよ。包装紙がちょっと不思議な絵柄だったな。あの子供って誰なんだろうな？」
「ガリガリ君だと思うけど。で？」
「ああ、んで、そのまま立ち去るってのも、なんだか悪い気がしてさ。アイスくれたし、あんたいい人だなって話したら、そこからいろいろと世間話が・・・」
「へええー。どんな？」
「え？ああ、いや・・・どっちかっていうと、愚痴？かな。なんか今いる場所で俺、全然役に立ってないみたいで肩身が狭くて、みたいな」
「キャンプでってこと？君、役に立ってないの？」
「いやだって、最近それといった戦闘もないから。ライとアイラニで全部、事務も警備も問題ないだろ。まあ、多少見回りとか遠出の偵察とかも行くけど、何も無かったって報告するだけだから。あいつら、本当に寝る間惜しんで働いてるのに、いいのかなとは思うんだよな」
「ふーん。それでダラダラして自己嫌悪に陥る、と」
「一応、何でもいいから仕事ないか？って聞いたりするんだが、そうすると、俺の仕事を探すことでかえって仕事増やして、みたいな変な連鎖になって」
「うん」
「ライにお茶運んでください、とか頼まれたりな。でも俺、お茶の入れ方やら種類やらタイミングやらレクチャーしてもらわないと何もできなかったから、それがまた時間がかかったり。いや、お茶入れって奥が深いんだな。こんどジョーにも入れてやるよ」
「ありがとう」
「そういやさっき話した女性、冷たいのばっかりじゃお腹壊すからーってお茶も入れてくれたんだけど、コレはちょっと変な味だったぞ？砂糖が全然入ってないみたいな、ちょっと苦いような、お湯に緑色ついてるだけみたいなヤツ・・・」
「へえ。甘くない緑茶かあ」
「そうそう！おかしいよな！」
「うん。君のお茶を飲むときは、それなりの覚悟をしよう」
「ん？そんなにかしこまられても困る」
「そうだね。で、その女性とは、その後どうしたんだい？」
「いや、散々話した後『楽しい時間をありがとう』とかって一緒に写真とって、後は速やかに着替えを取りに行って、で、今戻ってきた・・・んだけど」
ジョーが黙り込む。
怖い。
「少し・・・ええと、５時間ぐらいか・・・遅れちまったってワケで・・・」
沈黙の時間はえらく長く感じた。
が、ふいに。
あきれた。
そう顔に書いてジョーがため息交じりでこぼす。
「君ときたら、いつまでたっても秘密主義でさ・・・」
いやーそれは無いと思う。
少なくとも今の話に秘密は、ない。というか、ある意味、赤裸々すぎだ。
「タイラント・・・とりあえず僕に、何か言う事、あるよね？」
そしてでました。
脅威の目ぢから炸裂か・・・。
もう何もかもが反則。有効な対抗手段など見当たらない。
ええい。
「申し訳ございませんでした！」
ヤケになって地面に手をつけ、全力で頭を下げたりしてみると。
「なるほど、土下座なんて謝り方も、さっきの女性に教わったんだね？」
などと、一緒にしゃがみこんで顔をのぞきこんでくるジョーに、もう、だから、完全にお手上げなのだった。
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