く・え・す・ちょん
「ワテ、ずーっと不思議に思ってたことがアルね」
本日の店の仕込みをしながら、００６が言い出した。
隣で餃子の肉詰めをしていた００７が、せっせと手を動かしながら視線だけをチラリと００６に送った。
「なんだい、張大人？」
「Neo Black Ghostのことアル」
「ほう・・・」
二人しかいない広い厨房に００７の感心したような、警戒するような声が響いた。銀色に磨き上げられたシンクに神妙な表情の二人が映っている。
「で、何が気になるんだい」
「Neo Black Ghostは、なんで研究者を全員サイボーグにしなかったアルね？」
「・・・は？」
「いや、ワテ思ったアルよ。今年の夏、暑すぎて暑すぎて、店の子たちバタバタ倒れたね。だからシフト細かくして休憩多くとらせたアル」
「うん。いいんじゃないの？・・・で？」
「でも料理作ってるワテは休憩とれないね。もちろん、ワテはサイボーグだから大丈夫だったけど、生身だったら倒れてたと思うアル」
「まあ、そりゃ・・・不幸中の幸いだな」
「だから思ったアル。Neo Black Ghostはなんで研究者・・・ギルモア博士たちをサイボーグにしなかったね？そうすれば２４時間、３６５日働かせ放題！研究成果もほくほく、ざっくざくよ！」
「なるほど、ざっくざくねえ・・・張大人、お前さんって、本当に根っからの商売人なんだなあ・・・」
ミーンミーンと蝉の鳴き声が響く。
餃子が３つほど新しく作成されたところで、００７が顔を上げた。
「たとえば食事の好みにしたって、おれたち同じサイボーグでも、みんな好みが違うだろ？なんで味覚とか調整しなかったんだろうな」
「美味しく食べる、コレ人間の基本ね！調整なんてもってのほかよ！」
「だから、美味けりゃいいんだろ？好みがそれぞれより、一緒の方がいいだろうがよ。辛いのが好きなヤツと嫌いなヤツの食事を作るとする。辛いのばっかりでも甘いのばっかりでも、どっちかは満足しないし、偏れば恨みを買うぜ。俺の食えない辛いモンばっか作りやがって！とかな」
「うーん・・・食べ物の恨みは恐ろしいアル・・・ありえる話アルね」
「でも好みがみんな一緒であれば、いつでもみんな同じで社員満足度が上がる。戦闘活動にも向上が見込めるってもんだ」
「うーん・・・ワテ、もう一度みんなの好きな食べ物リサーチして、献立を見直すことにするアル」
「フランソワーズの能力は目と耳で、味覚臭覚は多分普通だ。モチロン我輩もいたって普通。でもさ、諜報活動や偵察任務が目的なら本来必要なんだよ、毒見能力とか高機能嗅覚とかさ。睡眠薬を飲み物にまぜて捕獲とか、すっげお約束だろ？優秀な諜報員ってのは、匂いで薬の混入がわかったり、味でわかったりするから、そういう罠にはかからない」
「なるほど。眠らされて拘束されて、拷問されて・・・あわあわ、痛い痛い・・・危険アル！たしかに、味覚は大切ある！」
「だが、そこは生身の機能を生かしたまま・・・多分、まだそこまでは技術が追いついてないんだよ」
「なるほど・・・意外にそういう部分が難しいかもしれないのことね」
「つまりNeo Black Ghostが博士たちをサイボーグ化しない理由の一つは、そこだと思う」
「そこ・・・というと？」
「よくわかっていない部分を無視して、無理にサイボーグ化すると・・・」
「すると？」
「バ カ に な る」
「なんと！ひどい！！」
「いや、例えばよ？この間、ジョーにホン読みつき合わせたんだよ」
「ホン読み？」
「いや、たまには相手のある芝居をしたくてサ。ちょうどジョーがヒマそうだったから、相手役を頼んだんだ。そしたらジョーのやつ『懐かしいな』とかホホ染めちゃって、まんざらじゃないカンジでさ」
「何が懐かしいアル？」
「あーなんか、子供の頃、子供劇やったりしたことがあるって。『王子の役だったんだ』とか、軽く自慢入ってたけど、本人自覚ないから流しておいた」
「ジョーの王子さま・・・それもまたお約束アルね」
「でまあ、そこはお手並み拝見ってトコだったんだが・・・」
「うんうん」
「いやー・・・すげ、つっかえつっかえ。しかもちょー棒読み」
「それは素人だから、仕方ないアルよ？」
「そういうレベルじゃなかったぜ？いっつも同じ箇所で間違えるわ、何度教えても言葉を入れるタイミングはずれまくるわで、ちっとも相手になりゃしない。あれじゃ子供劇だっておよびでないだろ。俺が思うに、サイボーグ化で衰えた一例だな。加速装置のやりすぎかなんかで、脳の表層部分とかが擦過傷で終了してんだ」
「じゃあ、ジェットやタイラントも危ないアルね・・・」
「だから、博士とかもサイボーグになってフルタイム労働とかすると、脳から終わっちまうって話。戦闘員は別に多少バカでもいいけどよ、頭とりえのやつらがそこダメになったら、どうしようもないだろ」
「そしたら、戦闘員に転職すれば・・・」
「張大人、大石持ち上げて、とりゃ〜とか戦うギルモア博士、見たいか？」
「へ？」
「加速装置、じゃ！ とか言って加速するギルモア博士、見たいか？」
「あ・・・と」
「ここで待っとれ！ とか言ってマッハで飛び去るギルモア博士、見たいか？」
「・・え〜と〜」
悩む００６を助けるようにベルが鳴った。はいはいアル、と返事をしながら００６がトコトコと電話に向かう。
「もしもし・・・博士、どうしたアル？」
うんうん、と頷きながら、「わかった、まかせるアル」と結んで電話を切る。
「今のギルモア博士だろ？まさか今の話を聞きつけて・・・」
「違うアル、博士、またアイロンの電気を消さないままで家を出てきたって心配してるアルよ。悪いけど、ちょっと・・・」
「ああ、皆まで言うな、行ってきてやるよ・・・ったく、博士も歳だなあ」
言いながら００７は鳥に変化すると、開け放した窓から飛び立っていった。
「サイボーグになれば、ボケなくてすむアルかね・・・？」
００６は作りかけの餃子に手をつけながら、つらつらと考える。
「でも、代わりにいろいろなものを失うのは確かアル」
それは己の身で実感してきた００６である。
戦闘でなくとも、一生を不眠不休、フルタイムで働くなどと、それは人として間違っている。
「サイボーグ増やして２４時間働かせようなんて、悪党でも考えなかったことを考えてしまったアル。気をつけないと！」
壁に貼られた店のシフト表を眺め、００６は小さく息をついた。
黙々と作業し綺麗に並べた餃子を片付けてから、サインペンを手にしてシフト表へ「００７」の文字をきゅっきゅっと書き込んでいく。
出来上がった表を見て、００６はご満悦となった。
「でも、使える人間使う、これもまた、商売の基本アルね！」
ほどよく働き、ほどよく休む。
人間、これ、とてもとても大事なこと。
夏はまだ、始まったばかり。
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