気分転換
「行軍の訓練か？」
久しぶりに会って、どういう話の流れだったか、山に行こうとジョーが言い出した。
脈絡が理解できずに確認すると、返ってきたのは呆れたような微笑。
「気分転換しに、森林浴。豊かな自然を味わおうよってことだよ。退屈？」
「いや。目的を知りたかっただけで、文句があるわけじゃない」
「じゃあ行こうか」
ジョーが促し、歩き出す。本当に今から向かうらしい。
タイラントは空を仰いだ。
文句ない青空。この地に足を踏み入れてからの数日、激しい雨が降り続いていたのだが、その雨が全てを洗い流したような、透き通った晴天だった。
初夏の日差しは地上の気温をぐんぐん引き上げていく。
ここは日本。湿度もかなりのものだ。
気温の高さはこことは比べ物にならないほどの場所に住み慣れたタイラントにとって、気になるのは湿度の方だった。とはいえ、もちろん、ジャングルで白兵戦などになれば、不快指数などこの比ではなく、当然サイボーグ体がさび付く等の問題はない。
戦闘服ばかりを着慣れた体も、今はジョーが用意してくれた民間人のいでたちだ。
「ほら、入口が見えてきた」
促された先には、赤い門が見えている。
「あの門から先が神域だよ」
「この階段て、２５００段ほどあってね。そのうち、３０箇所に、絵が掘り込まれてるんだ」
例えば、ほら。と足元を示される。そこには酒瓶のようなものが描かれている。
「３０個すべて見つけると・・・どうなると思う？」
「どうなるって・・・暗号だったりする、のか？」
「僕はまだ全てを見つけていないから、謎はとけていない。今日はタイラントが一緒だからね。二人でなら探せるかも」
「・・・なんでこんな辺鄙な町で合流するのかと思ったが、この山に不審な点があっての偵察なのか？」
「そんなんじゃないよ」
「なら、何か？」
「気分転換だって言わなかった？まったく君ときたら仕方のないヤツだなあ」
「なんだよ！だって隠された暗号だなんて言われれば気になるのは当たり前だろ！」
「うきうきしてくる？」
「はあ？」
訳が分からない。
ジョーは大げさにため息をついてみせて、困ったように笑った。
「・・・とりあえず進んでみようよ。この先、左右の杉並木は樹齢３５０年以上なんだって。国の特別天然記念物だから、傷つけたりしたらダメだからね」
「なら、戦闘なんかご法度だ」
「もちろん。ここは神域なんだから」
胡乱な侵入者を警告するように、鋭い鳥の鳴き声が耳を叩く。
二人して無口になって、ただ黙々と潤沢な清流の川をこえ、国宝だという五重塔を通り越し、石段はいよいよ急になってくる。
空までを覆う杉は、なるほど見事で、ついついその先端までを見上げてしまう。
石段は天に届くかのごとく、上に向かって、どこまでも続く。
足元は間隔が狭い上に不規則な作りだから、うっかりと踏み砕いてしまうドジを避けるためにも、ただのんびりと登る。立ち止まって後ろを振り返れば、いつのまにか背後の景色もすっかり石段だらけに変わっていた。地上へと落ちゆく道だ。
「タイラント、どうかした？」
足を止めたタイラントに気がつき、ジョーが振り返る。
「いや。本当に長い階段だなと思ってさ。杉だってそうだけど。こういうの作る人間て、気が長いヤツなんだろうな」
「そうかもね。ここの開祖は、多くの人の悩みや苦しみを聞いて引き受けたせいで、顔が黒く醜くゆがんでしまったって伝説があるんだよ」
「ああ、苦労って顔にでるもんな。ジョーも気をつけろよ」
「サイボーグなのに？」
言われて、口ごもる。たしかに、それはないかと思い直して。
「ありがとう。君がしっかりしててくれれば、多分大丈夫だよ」
しっかり追加されて、さらに口ごもる。
「それよりタイラント。さっきから階段の先やら、杉の木の先やら眺めてばかりで、絵を探している様子がないけど、どうだい？」
「あ」
そうだ。石段に掘られた絵！
「僕、ここまでで５個は気がついたけど、君は・・・まあいいけどね」
イタズラっぽく笑って、ジョーが前に向き直った。
とりあえず、今いる場所をしっかりサーチして。
「こっから先は、何も見落とさない」
宣言すると、ジョーが声を立てて笑った。
「頼りにしてるよ」
そうしてしばらく登っていくと、脇に小道があるのに気がついた。そちらは石段ではなく、整備されていない獣道のようだが、やや先の方に赤い門の形骸化したようなもの（さきほどから良く見かける）が立っている。
「ジョー、こっちって・・・」
声をかけると、ジョーは足を止めて小道に目を走らせ、手元のパンフレットを開いた。
「この先には昔、旅館があったようだね。有名な歌人も泊まったらしいけど、今は礎石が残っているだけらしい」
「じゃなくて。アレ、人、だよな？」
赤いオブジェクトの少し先に、うずくまる人の姿がある。小さい、恐らくは子供。古い東洋系の民族衣装のようなものを着用している。髪は長く黒いそれを、頭の上で丸め、さらに後ろにおろしている。
「人・・・？」
「こんな山の中に子供が一人って、どう考えてもおかしいよな」
尋ねると、ジョーは少し考え込むようにして、タイラントと同じ先をじっと見つめている。いつもならジョーの方が先に気がつき、すぐさま駆け寄って手を差し伸べそうなものだが。もしや、懸念していた何かなのか。
非常事態か、と気を引き締める。
ジョーはあごに手をあて、難しい顔をして、つぶやきのように確認する。
「怪我を、してる？」
「いや、そういう感じじゃ・・・でも、顔をひざに埋めてるから、泣いてはいるかも」
「そうか・・・うん。声をかけてみようか。君が」
そして何故かふっきれたように、とんでもないことを言い出す。
「あ、えっ？俺？」
「うん」
「いや、俺、こんな見た目で、日本人には怖がられるし、ここはジョーが・・・」
「君が見つけたんだ、君が面倒を見るべきだろう？ほら早く！」
危険だから君は後から、などと言わないところをみると、どうやら本当に迷子の世話をしろ、とジョーは言っているのだろう。
だが。それはそれで、非常事態だろう。
回避は、当然不可なのだろうし。
「・・・ついてきてくれよ、ジョー」
「わかってるよ。急いで」
促されて、ため息をついて、少女に近づく。足元は先日までの雨でぬかるんでいたから、場所を選ばないと泥の中に足を取られる。気を使いながらそろそろと進んでいくと、あと数歩というところ、赤いオブジェの手前で子供が顔を上げた。
泣いてはいなかった。
しかし瞳が途方にくれている。
「あの、大丈夫か？」
「・・・間違えちゃった・・・」
か細く、子供は言う。細い線の少女だ。今にも消えてしまいそうな弱々しさ。気配を感じることも難しいほどに。
「道を？やっぱり迷子なのか？」
間違えた、の意味がわからず、聞いてみる。
少女はしっかりと頷いた。
「・・・トリ・・・を・・・」
「鳥？」
聞き返すと、やはり少女は頷いた。
「タイラント？」
「ジョー、鳥を間違えたって、どういうことだ？まさか、伝書バトでも使って諜報活動中とかじゃ・・・ないよな、もちろん」
実は割と本気で言っていたのだか、呆れた目に気がついて冗談にしておいた。多分セーフだ。
「もうちょっと聞いてみてくれないか？それだけじゃ僕たちにできることが分からないから」
「あ、ああ・・・」
もっともな指摘だったので、質問を考える。
この子の正しい道を探すのに必要な情報の収集、と。
「えっと、まずは名前だな。俺はタイラントだ。名前は？」
「な、まえ・・・？」
「そう。なんて呼べばいい？」
「・・・みほ」
「みほ、な。で、みほの家族は？一緒に来てたのか？」
首を左右に振る。後ろにたらした髪の毛が大きく揺れた。
「お姉さまたちが一緒だった・・・・」
「お姉さんか。はぐれたんだな？」
「私だけ、トリ・・を・・・間違えたから・・・」
「鳥って、なんの鳥？ここ、結構いるだろ。後を追いかけてきたのか？」
「やたを・・・でも、お姉さまたちは、くぐいを追って・・・海に・・・だからトリ・・・が、間違えて・・・」
知らない名詞が多すぎて、話がよく見えない。
一歩引いた場所で見守っているジョーへ、疑問を投げる。
「くぐいって鳥、知ってるか？海へ行くっ言ってるから、渡り鳥あたりか」
「残念ながら僕も知らないけど・・・海かあ。ここは山だよね」
「そうだな」
「なら、海に行ってその子のお姉さんたちを探してみようか？」
「海ったって、どこの？」
「とりあえずは、ここから最短の・・・いや、ここの開祖に縁の海岸に行ってみよう」
「山の開祖に縁の海？」
「元は船でこの地に流れてきた、貴族の王子だからね。父親を暗殺されて、都落ちしたらしい」
「へえ。なら、行ってみるか？みほ、とりあえず海へ行こう。立てるか？」
タイラントが手を差し伸べるが、少女はきょとんとするばかり。
「どうした？・・・やっぱり俺、怖い？日本人てのは、ガタイがいい外国人を本当に怖がるよなあ・・・」
少女はタイラントのグチをさらりと聞き流し、ただ赤いオブジェを見上げて、今にも泣きそうになる。
「トリ・・・間違ってるの・・・行けない・・・」
消え入りそうな声が、どうにも不憫だ。
「ジョー、行けないってよ。どうする」
「どうして？」
「知らないよ。トリが間違ってるとか、さっきからそればっかりで」
「ふうん？・・・タイラント」
名前を呼ばれ、背中をおされる。意外に強い力で思わず数歩ステップを踏み、少女にぶつかりそうになって踏ん張る。
近寄ってきたタイラントに対して、少女は転ぶのを防ぐように、手を差し出した。
タイラントは反射的にその手を握る。
「ええっと、大丈夫だ。・・・ジョー、いきなりなんだよ」
すぐ隣に来て、ジョーが少女を見下ろした。
「今なら一緒に来てくれそう・・・じゃない？」
「は？」
握られた手を見て、少女の表情を見て。
確かに、ものすごく頼られている感じがする。
「海へ行こう、って笑顔で、誘ってみて」
「笑顔って、オイ・・・あのさ、海に行こう？お姉さん、待ってるんだろ？」
がんばってみた。
すると。少女は素直にこくりと頷いた。さきほど握った手はそのままに立ち上がる。
「よし、じゃあ行こう！」
「タイラント、道は僕が先導するから。その子は任せたよ」
話がまとまったのを見て取って、ジョーがきびすを返す。
「ジョー、そっちに山道はないだろ？なんで元の石段に戻らない？」
「トリが違うんだろ？多分、鳥居が違うから、その子は道に入ることができないんだ」
「とり・・・い？」
「そう。この赤い門。入口でも赤い随神門をくぐってきただろ？神域には結界があるから、その子は入れない、ってことだと思う」
「結界・・・って？」
「ほら、行くよ」
はぐらかしたいのか、問答無用でジョーが山を下り出す。
なんだろう、この展開。結局は行軍の訓練に変更ってことか・・・？
まあ、いいけど。
「ちょっと我慢してくれな」
少女を抱き上げ、その表情が明るく微笑んでいるのを確認し、タイラントは急いでジョーの後を追った。
「彼女はどう？苦しそうだったりしない？」
険しい山をざくざくと下り、海へと続く峠道を高速で移動しながら、ジョーが振り返った。下山したら公共機関を使うのかと思いきや、車もバスも使わずに、このままで行こうとジョーは突き進む。まあ、走る分には全く問題ないが、少女にはきついのではなかろうか。そう思って、気をつけて見ていたのだが。
「楽しそうだ」
少女は微笑んで、山すそを見下ろしたり、町並みを見上げたりしている。今も隣を通過していった車をものめずらしそうに見送っていた。
「加速装置を使っても大丈夫かな」
「はあっ？それはダメだろうよ。何でそんなこと・・・」
「そうかな。ごめん。なんか、大丈夫なんじゃないかと思ったんだけど、やっぱり試してみるのは危険かな」
いたずらが見つかった子供みたいに笑って、ジョーが謝る。
なんか、調子が狂う。
「ジョー、今日はいつもと違うよな？」
「ん？そうかい？」
「妙に無責任っていうか、なんというか」
「今日はタイラントが当番をしてくれてるから」
なんなんだ、当番って。
「お前の真面目ぶりに、俺は関係ないだろ？」
「とんでもない。君がその子をちゃんと見てくれるから、僕は気楽でいられるんだ。タイラントって、本当に面倒見がいいよね」
「別によくない！」
「そう？・・・ほら、見えてきた。海だ」
ごまかすようにジョーが指差す先に、青い広がりが見えた。
「くぐい、いた・・・」
空を見上げて、少女が手のひらを天に向けた。
その先には、一羽の真白の鳥が円を描くようにして舞っている。
「あれが、探していた鳥か？」
問いかけに対して、少女の答えは無い。出会ったときとはまるで違う、希望にみちた瞳が、羽ばたく姿を、ただただ追っている。
「鳥の下に、出島があるね。行ってみようか」
「ああ」
足早に、白い鳥の舞う島へ向かう。
出島には浜から橋がかけられ、散策路が設けられていた。
道に沿って進むと、すぐに出島の頂上に出る。そこには小さな鳥居があり、見晴台にもなっている。海の真ん中に置かれた島だから、周囲は海。
少女は風景にじっと見入っている。一点を凝視しているので、視線の先を追うと、そこには岸があった。切り立った、かなり険しい絶壁だ。
そして下方には何かがあった。それが少女の関心を引いている。
「あれ、洞窟か？」
ジョーに声をかけると、すぐに察して目を細める。
「だね。このあたりは海蝕による洞窟が多いらしい。そのうちの一つだろう」
「行くなら泳いで、かな」
「ボートでめぐるっていう観光コースがある。でも僕たちなら、もちろん・・・」
「崖を下って、ってセンもありか。あー、でも、この子が怖がるか？」
「大丈夫だよ。ここまでだって結構起伏の激しい場所を来たつもりだけど、特に問題なさそうだっただろ？」
「ああ」
確かに。
「行ってみよう」
出島をいったん離れ、洞窟の真上にあたる切り立った崖に移動する。上から覗き込むと、下方は全く見えず、ただ岩の突き出した海が見えるだけだ。
もちろん座標は把握しているから、あとはデータにそって崖を下る。少女はタイラントが背負っているが、まるで重さを感じないから、本当に後ろにいるのか少し不安になって、たまに後ろを振り向く。少女はただ空を仰いでいる。
しばらくして洞窟の入口にたどり着いた。中を覗き込むと存外に広い作りのようで奥が知れない。波風が不気味に響き渡って、彼方で獣が咆哮しているようにも聞こえる。
ジョーは洞窟の奥へと目を凝らした。サイボーグ体には、この程度の暗さは、暗さのうちに入らない。が、もちろん少女にとっては別だろう。
「さてタイラント。どうしようか」
「そうだなあ・・・」
見える範囲では、頑丈なごつごつとした岩の壁が続いていると目視できるだけである。洞窟の外へと目を向けて空を見上げる。少女の凝視している鳥が、この洞窟の上あたりを今もぐるぐると旋回している。
「なあ、ジョー、ここに人がくるには、ボートだって言ったよな？」
「うん。この辺りの洞窟めぐりツアーって、観光の一つの目玉なんだ」
「なら、なんらかの事故でボートが沈没して、取り残されるってことはありえる話か？少なくとも昨日今日でそういう事故が起こった様子はなさそうだが・・・」
「だね。警察も捜索隊もいないようだし、事件を知らせる掲示もなし」
ふと気配を感じて、少女に意識を向ける。
空の鳥ばかりを追っていた少女の瞳が、真っ直ぐにこちらを見上げていた。
タイラントは少女と目線を合わせるように身をかがめる。
「あのさ、みほ。お姉さんたち、ここにいる、かな？」
少女は頷いた。そして洞窟の奥を指差す。
「あそこ。私、行くね！」
待ちに待った許しを得たかのように、弾かれたように飛び出して。
「待てって！こんな暗い場所で走ったら・・・！」
離れた手を慌てて引き寄せた。
「タイラント！」
緊迫した声と同時に、疾風と擦過の熱。
時が動けば、背後には瓦礫。大量の落石だ。
「っ、ジョー、今、加速装置を・・・」
何が起こったかを把握し、引き寄せて腕の中にいた少女を見る。
なんとも、ない。
思わず深く息を吐き出して。
「ジョー、いったいどうしたんだよ！危ないじゃないか！」
「いや、タイラントが岩の下敷きになりそうだったから、とっさに・・・」
「俺は岩が降ろうが槍が降ろうが大丈夫だっ！それよか、みほがどうにかなってたらどうするつもりだったんだよ」
「どうにかなっちゃった？」
「いや、なんともないよ！ないけど・・・」
言いながら、言葉を止めて、少女を見る。
なんともない。服も、肌も、髪も。加速装置に巻き込まれたなら現れるだろう変化が、全くない。
「みほ・・・まさか、サイボーグなのか・・・？」
「違うよ」
否定の言葉はジョーがもたらした。子供に言い聞かせるように。
「なんで違うって・・・だったら、なんで平気なんだよ！」
「加速による熱は、物体があってこその現象だろ？周囲の空気が燃えたこと、あったかい？」
「いや、そこらへんの空気は燃えないが・・・」
なんだか、混乱してきた。
訳がわからない。
「ジョー・・・」
途方にくれて頼みの綱をつかんでみると、頼られた本人はヒントを促すように言う。
「彼女、お姉さんを見つけたって、言ってる？」
「洞窟の奥の方にいる・・・らしい」
「なら、行かせてあげなよ。ずっと会いたかったお姉さんなんだろう？」
「さっきみたいな落石があったら危険だ。一緒に俺たちも・・・」
「君と一緒の方が危ないよ。彼女だけなら、多分、何も起こらない」
「はあ？」
「この落石を起こしたのは、きっと彼女のお姉さんだと思うんだ」
「なんで！」
「僕たちがこの洞窟に入ってはならない存在だから。あとは、大切な妹を守るために」
「はあっ？」
力の抜けたタイラントの手からすり抜け、少女は洞窟の奥へと走っていく。
今度はタイラントも止めずに、その後姿を見送った。
そして、光。
周囲を照らしたかと思うと、異界の扉が開かれたかのように空間が現れ、少女によくにた服装を着た娘たちが次々と現れた。
少女はその輪に入っていき、やがて同化し、見分けもつかなくなって。
舞いを、舞う。
くるくる、くるくると、まわりまわり、手にした羽のようなものをひらひらと翻し、そよぐ衣装が動きにあわせて軽やかにすそを揺らして。
やがて、ろうそくの火が消えていくように、波を引くように、静かに。
消失する。
やがて、入口を落石でふさがれた、ただ暗い空間の中には、タイラントとジョーだけが立ち尽くしているだけになった。
「ジョー」
「ん？」
さて、どうやってここから出ようか？と話しかけてきたジョーに、タイラントは働かない頭のままに問いかける。
「なんだったんだ、今の光・・・？」
「なんだった、といわれてもさ。僕には何も、見えなかったよ？」
「見えなかった？あの仰々しい光が？あの女の子たちも？」
「というか。まず、君がずっと見ていた少女も、僕には見えなかったから」
「はあっ？！」
「多分、幽霊とか、そういうモノだろうと思ってさ。君にだけ見えるってことは、何か通じ合うものでもあったのかもしれないし、君にそういう能力があるのかもしれないし」
「どんな能力だよ！」
「え？霊視だよ。幽霊とコミュニケーションをとる能力とか。君は僕とは比べ物にならないくらいスペックの高いサイボーグだからね。予想もしない力を持っている可能性だってある」
「そんなものは、ないっ！」
「いや、だって。現に今のいままでずーっと一緒にいたじゃないか、女の子の霊と。願いもかなえてあげて、よかったよね」
「じょおおおおおおおおお、なんで見えてないって、教えてくれなかったんだよ！」
「なんでだろうね？君に見えるのに、僕には見えないっていうのが、くやしかったからかな。ごめんね、僕って存外、嫉妬深くて」
「嘘つくなっ！絶対面白がってたよな！」
「とんでもないよ。お姉さんとはぐれてしまった少女を面白がるなんて。ただ、まあ・・・君が女の子に優しくしてる図ってのは・・・女の子の姿が見えなくても、ちょっと興味深かったかな。なんかいいよね、目がさ、いつもと違ってこう、優しい感じで」
「違う違う違う！そんな目、してない！」
「そう？それよりここから出ようよ。空気が薄くなってきてるから」
「ジョー、あの子、本当に幽霊だった？な、冗談言ってるよな！ジョーなだけに、ジョーだん！だよな！」
「タイラント・・・すごいな、ジャパニーズおやじギャグを覚えたんだ？」
「ジョー！！！」
「ほらほら、まずは出ようよ。君がわめき散らすと、ますます空気が無くなるだろう？だいたい、せっかく彼女たち合流できたんだろ？騒いで邪魔をするのも悪いからさ」
「ああもう！！わかったよ！さっさと出るぞ！」
「で、策は？」
「俺たち二人だけなんだ、加速装置の起動エネルギーでぶちやぶる！」
「了解」
洞窟から出て、念のために管理施設に落石がある旨を伝えて、来た道を戻ることにした。一時間に一本しかこないバスがたまたまやってきたので、さっさと乗りこむ。
「疲れた」
別に加速装置での岩石破砕のせいではなく。気持ち的にというか。
ジョーはくすりと笑う。
「そうだね。まあ山に登れば、すっきりするよ」
「・・・えっ！行くのか？」
「だって。まだ３０個、絵を見つけてないから」
「ああ、忘れてた・・・っ」
バスに揺られ、澄み渡った空を見る。山を登る時間は十分にありそうだ。
「なあ。そろそろ本当のこと、教えてくれよ。あの山に登る理由って、なんなんだ？まさか迷える霊を弔うため・・・じゃないよな」
「違うよ」
「なら、やっぱり、絵に隠された暗号を解読するため？」
「それはついで。どうせ登るんなら、と思っただけ」
「じゃあ、なんなんだよ、山に登ろうって言い出した理由って！」
「だから」
ジョーが、苦悩すら含んだ極めて深刻な表情で、言った。
「き、ぶ、ん、て、ん、か、ん！」
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