もうとっくに限界を超えている身体は指ひとつ動かせない。
身体の中がばらばらに崩れているような、そんな感覚にタイラントは苦笑した。
瓦礫の山へと背を預けたまま目を閉じる。

（……これで、終わったんだよな）

あの後、タイラントは一人で世界の破壊に向かった。NBGの拠点や戦闘員はもちろんのこと、00ナンバーも一般の人間や施設も…。ありとあらゆる『人間と人間が造ったモノ』を破壊してきた。
タイラントが訪れた場所は火の海となり、何もかもが動かぬモノへと姿を変えていった。

ふぅ。と軽く息を吐く。
からん、と乾いた音がした。

（何もかも壊した。あとは…俺だけか）

タイラントが“戻って”きたのは、全てが始まった場所だった。
視線を少しばかり遠くに向ければ、そこにはかろうじて人ととれる黒い塊と、折り重なる赤い人。それはタイラントが最初に“壊した”ものだ。
彼らは自然に還ることは出来ない。数年が経った今でも、“最初の記録”としてこの場所に留まったままで存在し続ける。

（ジョー…）

自分は、どうして異変に気付かなかったのだろう、と今更ながら思う。
いつの間にか誰にも見えない綻びは大きくなり、こうして世界にタイラント一人を残して壊れてしまった。
もう、何もかも存在しない。
自分がもっと００９のことを理解していれば…という余りに甘い幻想が頭を過る。そんな自分に対して今更何を、もう終わったことじゃないかと思いながらタイラントは馬鹿な考えを振り払おうと目を開いた。
そして何気なく、ぼんやりと空を見上る。
ぱきん、と微かに高い音がした。

（あ………）

タイラントが物思いに耽っている間に、日は暮れ、月と星がきらきらと輝いていた。
何もかもが変わってしまった。何もかもが壊れてしまった。

（それでも、空は…）

空と、自分自身は、変わらない。
まるでこのふたつだけが時間から、世界から切り離されたような。そんな気分になり、タイラントは不思議そうに首を傾げる。
ぎしり、と軋む音がした。

（そう、か）
それでいい。最後に残った自分が“死”に、“壊”れれば全てが終わる。
もう確認する者も、記録する者もこの世界のどこにもいないが、自分自身が“最後の記録”だ。
全てが始まった場所で、全ての終わりを見届け、そして消える。
タイラントは静かに目を閉じた。
刻む鼓動が少しずつ小さくなる。

（…………。）

とくん、と脈打つ音がした。

そこで音は停まる。

やがてまた陽が昇り始めた。
変わらない世界で変わったのは、もう動くものは何もないということ。

世界に、静寂が訪れた。