『幻想海悠園』
『第二の館』


睡蓮
by necromancer

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黄昏の物憂い空気が、体を包んでいた。
オレンジの光と影。
その中を、僕は歩く。
どこへ向かう訳でもなく、ただ、黙って。

「お待ちなさい」
不意に声をかけられて、僕は立ち止まった。
ゆっくりと振り返る。
そこに居たのは、頭からベールを被った占い師。

「何を迷っているのですか?」
そう問われ、僕は眉をひそめた。
別に、迷ってなんかいない。
行く先が決まっていないのだから、迷う訳がない。

声に出してそう言った訳じゃないのに、占い師はクスっと笑った。
「ヒトの迷いが私を呼ぶのですよ」
私がここにいるのだから、あなたは迷っている。
だから、あなの運命を、占ってあげましょう。

生まれた日。
生まれた時。
その瞬間の星が、あなたに定められたモノを示す。
仄かな光の指し示すモノを、教えてあげましょう。

「占いなんて、いらない」
ベールの向こうにあるだろう眼を睨んで、僕は答えた。
「同じ日の同じ時に、この地上で、どれだけの人間が生まれていると思う?」
けれど、皆、別々の道を辿るじゃないか。

「星の定めなんて、そんなモノは信じない」
それなら、何故、自分の運命はこうなのか?
同じ日の同じ時間に生まれて、どうして自分だけが……
「…どうして、僕が………」

「つまりあなたは、己の運命を嘆いているのですか?」
自分が不幸であると?
負わされたモノが重すぎると?
その理由が知りたいと?

「……そう…」
そうだ、と僕は頷く。
生まれた刻によって、負うべき定めが決まると言うなら。
それならば、何故?

何故、僕…が……っ

あの日、あの時、あの場所で。
ブラックゴーストに攫われ。
目覚めれば、世界は一変していた。
それが、何故、自分でなければならなかったのか?

「ならば、他の誰かが、あなたの代わりになることを、望みますか?」
あなた以外の誰かが攫われ。
あなた以外の誰かがサイボーグにされること。
あなたはそれを、望むのですか?

問われ、僕は俯く。
そんな事を望むなんて、いけないことだ。
けれども、そう想わずにはいられない。
攫われてサイボーグにされるのが、僕以外の誰かだったら……と。

誰でも良かった筈なのに。
よりによって、どうして自分が選ばれたのか?
言っても仕方が無いと、心の内に閉じ込めれば、想いは澱むばかりで。
「何故、僕だったんだ……っ」

沈黙が、痛い。

ふわり…と頭の上に手が置かれ、驚くほど近くで声がする。
「では、あなたは……」
あなた以外の誰かが、あなたの仲間と出会うことを、望むのですか?
そう言われ、僕は息を飲んだ。

あなたは、多くのモノを失った。
けれど、得たモノは何ひとつ無かったのでしょうか?
「ヒトには持って生まれた定めがある、けれど、それが総てではありません」
出会いは、定めを変える力を持つ。

「あなたは、得る前に失ったものを、得ることが出来たのではないですか?」
代償は、大きすぎましたか?
柔らかな声に問われ、僕は首を振る。
「そんなことはないよ……」

そう。僕は望んでいた。
僕が生まれてきたこと。
僕がここにいること。
そのことを喜んでくれる、誰かを。

まぶしい光に、僕は目を細める。
「行き先は、わかりましたか?」
凛々と響く声。
「さぁ、お行きなさい……」

 
 
 

「ジョー!」
突然、耳元で大声がして、ジョーは飛び上がった。
「……え…? わっ……」
焦って目を瞬かせる。
「…ジェ…ット……?」
ぼけっと答えるジョーに、ジェットが呆れた声で言う。
「ったくよぉ…何処に行ったかと思やぁ、こんなトコロで寝てるとは……」
探しちまったじゃねぇか、なぁ…と、ジェットが同意を求めてジェロニモを見上げる。
「ん……」
あまり反応の無いジェロニモに、はぁ…と溜息を吐いて、ジェットはジョーに視線を戻した。
「おまえの誕生会を兼ねて…ってんで、皆でピクニックに来たってぇのに、主役がナニやってんだよ」
「あ……」
そうだった。
今日は自分の誕生日で。
陽気も良いことだし、せっかくだから…とジェットが言い出し、皆でピクニックに来たのだった。

フランソワーズと張大人は、下ごしらえをした材料を、大きなバスケットにいくつも持って来ていて、目的地に着くなり、仕上げにとりかかった。
手伝おうとしたジョーは、フランソワーズから『完成するまで、見たら駄目よ』と言われ、張大人からも『その通りアル、楽しみなくなるアルね』と頷かれ、辺りを散策することにしたのだった。

夏の気配を含んだ陽光に照らされて、まぶしいほどに鮮やかな青葉。
その間に咲く、色とりどりの花。
あまりに綺麗で、綺麗すぎて……ふと胸が苦しくなる。
命。
まっすぐに天を見上げる、命。
純粋すぎるその輝きに、不意に、自分が『何』であるかを思い出してしまう。
突然、いたたまれない気分になって、ジョーは、足早にその場を離れた。
木々の間を、あても無く歩いて。
そして、水辺にある、この陽だまりを見つけたのだった。
何となく座り込み、鏡のように澄んだ水面を眺めているうちに、つい、うとうとと眠ってしまったらしい。
(夢を…見たような……?)
どんな夢だったかと思い出そうとすると、それは、サラサラと砂が零れ落ちるように消えてしまう。
ただ、涼やかで優しい感触だけが残って。
(……まぁ、いいか……)
良い夢だった。
それは、間違い無いのだから。

「ほら、ちゃっちゃと立てよ、ジョー」
俺はもう腹が減って死にそうなんだから…と、ジェットが手を差し出す。
その手に掴まって、ジョーは立ちあがった。
「ごめん、ジェット」
花も緑もすごく綺麗で、ついつい、あちこち見て歩いちゃって……と言うジョーに、ジェットが大きく頷く。
「あぁ、ホントにな。ここに来る途中の辺りなんざぁ、凄いもんだった」
姫君に一本くらい摘んでくか? と言うジェットに、ジョーが首を振った。
「それより、後で皆で見に来ようよ」
「そうだな」
だが、まずはメシだ。早く戻ろうぜ…とジェットが急かす。
それへ、ジョーは笑って頷いた。

足早に歩くジェットを、ジョーが追う。
その二人に続いて歩を進め、ふと、ジェロニモは池を振り返った。
「………」
細波一つ無い水面に浮かぶ、睡蓮の葉。
すらりと伸びた茎の先に、緩く開いた花。
暫しそれを見詰め、目を瞬かせて。
「……ジョーが、世話になった……」
低い呟き。
そして、踵を返す。

誰も居なくなった池で、睡蓮の葉が微かに揺れた。


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NAGATANI'S GALLERY [JOE ’s Birthday Party in 2002]跡地 TOP へ



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