月と桜と死神の鎌

桜の樹の下には死体が埋められているという。
その血を吸って、桜の花弁は薄紅に染まるのだ…と。
この世に残された想いが深い程、桜は、艶やかに咲く。
婉然と微笑む、満開の桜。
その底に秘められた想いは、何なのだろう？

春先とはいえ、夜…しかも深夜をとうに過ぎた頃…となれば、気温はぐっと下がる。
普通の人間なら、ものの５分もすれば暖かい室内が恋しくなるだろう、冷たい夜風。
街燈の無い周囲は闇に沈み、夜中であることもあいまって、人の気配とて無い。
仮に何かが起きたとしても、誰の助けも望めないだろう。
だが、そんな事は何一つ、彼には関係なかった。
彼……
サイボーグ００４。
アルベルト・ハインリヒ。
『死神』と名乗る、この男には。

おぼろげな記憶をたよりに路を辿り、アルベルトはその場所に辿り着いた。
スクラップ置場の裏。
山と積み上げられた様々な機械の残骸の、その向こう側。
そこにあるのは、一本の樹。
月明かりに照らされて、婉然と咲く、満開の桜の樹だ。
その姿に微かな笑みを浮かべ、アルベルトはゆっくりと歩み寄った。
年輪を感じさせるカサついた幹に、軽く手を触れる。
そして。
「よぉ…」
枝を見上げ、アルベルトは言葉を継いだ。
「…まだ、無事だったんだな」

桜の根元に座り、幹に背中を預け、アルベルトは満開の花を見上げていた。
細い枝々は闇に溶けて、薄紅の花弁は、まるで闇の中に浮んでいるかのよう。
花弁の向うに透けて見えるのは、半分の月。
それは、幻想的ではあるものの、どこか不吉な光景だ。
けれども、いや、だからこそ……惹きつけられる。

初めてこの場所に来たのは、あれは、もう随分と昔の事。
何となく苛々した気分で、これといったあても無くフラフラと歩き回り、偶然、この桜の樹を見つけたのであった。
機械達の墓場に咲く、満開の桜を。

『桜の根元には死体が埋まっているんだって。だから、桜の花弁は薄紅なんだよ』

何かの折に、ジョーが言った言葉。
その時は、何を非科学的な事を…と、アルベルトは一笑にふした。
けれど。
この桜を見た時、真っ先に頭に浮かんだのは、その言葉だった。
人間に作られ、人間に使われ、人間に捨てられた、機械達。
その墓場に咲く、妖艶なまでに鮮やかな、桜。
一体、どんな想いを吸って、この桜はここまで美しいのか？
怒りか？恨みか？哀しみか？
それとも……？

夜風が枝を揺らし、花弁がさやさやと歌う。
それは子守歌か、それとも鎮魂歌なのか。
そう思い、アルベルトは苦笑する。
（眠りも死も…似たようなものか……）
積み上げられているスクラップ達も、いずれは、新たな機械の材料になっていく。
あるいは、永い時を経て土に還り、そして更に永い時の後、宇宙の塵となり、また新たな星となるのだ。
眠り、目覚め。
生、死。
その狭間で、想いは……
（……想いは花になって散る…か）
見上げるアルベルトの視界の中、一陣の夜風に誘われて、花弁が宙に舞った。