|
実はフランソワーズは酔うと別人のように豹変してしまうのである。 どうなるのか？ そんな事は怖くてとてじゃないけども言えない。 （とか言ってる場合じゃない！） 阻止しなくては。なんとしても。 でも、どーやって？ （か…かそくそーち！） ジョーは咄嗟に加速装置を作動させた。 ジェットがフランソワーズに差し出しているウィスキーの水割り。そのコップをかっさらい、とりあえず一気に飲む。それから、テーブルの上の烏龍茶と水とで適当にそれらしいモノを作って、再びジェットに持たせる。 加速終了。 「ありがとう、ジェット」 何も気付かない二人。 立ち働いていた為、喉が乾いていたフランソワーズは、ジェットからコップを受け取ると、一息に飲んでしまった。 （あ…あぶないところだった……） その光景にジョーが溜め息をつく。アレが本物の水割りだったら、エライ事になるところだ。 が。 そんな事とは全く気付いていないジェットは、フランソワーズが空にしたコップをすかさず受け取った。 「いー飲みっぷりじゃないか！ もう一杯、いくだろ？」 にこやかに言って、お代わりの水割りを作りはじめる。 （じょ…冗談じゃないぞ！ ジェット！） ジョーは内心で悲鳴をあげた。 （やばい） 早く、ジェットを説得しなくては。 （だけど……どうやって？） 酔っ払ったフランソワーズがどうなるかを、本人は全く知らない。教えるのは、ちょっとはばかられた。だから、フランソワーズの居る前で言う訳にはいかないのだ。 （何とかして外に連れ出して……） けれど、何と言って説明しようか？ 本当の事を言うのも、フランソワーズに悪いような気がする。 （うーん……） 思わず物思いに沈んでしまったジョーは、不意にハッとした。 （や…やめっ！） 目の前では、今しもフランソワーズが水割りに口をつけようとしているところだった！ 考え込んでる間に、ジェットが二杯目を作って渡してしまったのだ。 （…か…かそくそーちっ！） 危ういところでコップを奪取し、中身を片づけて、烏龍茶＆水にする。 加速終了。 （ぜーはーぜーはー） 危ないところだった。 （と、とにかく。目を離しちゃ駄目だ！） という訳で、ジョーはフランソワーズの正面に陣取った。 （なんか、妙だな？） いくら加速装置を使って瞬間的に作業していようと、四回目ともなればジェットも気付く。ダテに死線をかいくぐって来た訳ではないのだ。 水割りを作り、全神経を集中させ、フランソワーズに渡す。あくまでも、さりげなく。 瞬間。風が舞った。 （……やっぱり…な……） 加速中のジョーを目で捕らえる事は不可能だが、一瞬の内に何かが起きたのは間違いない。あとは、推理を働かせればいい。 ジョーを見る。 と、ジョーもジェットを見た。恨めし気な瞳。 （ははぁ） なんとなく、ピンとくるものがあった。 （奴さん、どうやらフランソワーズに酒を飲ませたくないらしいな） よくよく気をつけてみれば、テーブルの隅にある烏龍茶のペットボトルの中身が、不自然に少ない。 （そーゆーコトか） どうりで、フランソワーズに酔った様子が無い訳だ。 （烏龍茶じゃあ、酔わねぇわな） 納得だった。 だが。一体全体、何だってフランソワーズに酒を飲ませないようにしているのか。 （飲むと、笑い上戸になるとか、キス魔になるとか、はたまた人目もはばからずヌードになるとか……） 恋人のジョーが体を張ってるトコロを見ると、脱ぎ癖か？ と思う。 （そ…それはオイシイよなぁ〜） 思わず、にへら〜っと笑ってしまう。 ジェットだって、フランソワーズに興味が無い訳ではない。が、ジェットがフランソワーズを脱がしたりしようものなら、大変だ。 （けど、本人が自主的に脱いで、でもってタマタマそこに居合わせた…ってんなら、別にいーよな。事故のよーなモノだし……） 良い考えだ、と思うジェットであった。 何やら楽しげなジェットに、ジョーが不安を感じる。 と。不意にジェットがグレートに声を掛けた。 「よぉ、グレート。ジョーの奴、全然、飲んでないみたいだぜ」 （え？） 咄嗟の事にジョーが面食らう。 と。 「にゃんだとぉ〜、そーりゃーイカン。イカンぞ、ジョー！」 グレートは完全に出来上がってた。バーボンのビンを握り締めて、ふらふらと近付いて来て、ジョーの隣に座る。そして、ジョーの前にコップを置くと、なみなみとバーボンを注いだ。 「飲め！」 「いや…僕は…そのぉ……」 「ワガハイの酒がのめねーってぇ〜のかぁあ？」 （あっちゃ〜） 駄目だ。話も何もあったもんじゃない。 「さぁ〜飲め、ぐーっといけ！」 やむなくジョーはコップに手を伸ばした。ちょっと口をつける。 だが、そんな程度で納得するグレートでは無かった。 「なーに、ちまちまやってるんだぁ！ 一気にいけぇ、一気にぃ〜」 ぐわし！ とグレートがジョーの腕を掴む。 そのジョーの視界にフランソワーズ用の水割りを作るジェットの姿が映った。 （げ！） ジェットは、だばだばとウィスキーを注いでいる。アレでは最早、水割りでは無い。 （ばかばかばか〜！） あんなモノをフランソワーズに飲ませようというのか！ どーなると思ってるんだ！ とジョーはジェットを睨んだ。 （ジェット〜！） そのジョーをチラリと見、ジェットが笑う。 （あ…あいつわ〜！） 止めなくては、と思う。だが、グレートに腕を掴まれていては、身動きが取れない。 「おら〜、どーしたぁ、ジョー、ぐっといかんか、ぐっとぉ〜」 （ああ、もおぉ！） やむなく、ジョーは注がれたバーボンを一気に飲み干した。空になったコップを、バン！ とテーブルに置く。 「おぉ、いーい飲みっぷりじゃあないかぁ〜」 グレートが掴んでいたジョーの腕を放し、バーボンのグラスに手を伸ばす。 その瞬間。 （か…かそくそーっちっ！） ジェットの手からコップを奪い取り、とにかく中身を片づける。 （殆ど生のままじゃないかぁ〜！） もうヤケクソだった。咳き込みそうになりつつ、空いたコップに烏龍茶をじゃばじゃば注ぎ、席に戻る。 加速終了。 （ぜーはーぜーはーぜーはーぜーはー） 面白そうな目をするジェットを恨めし気に見るジョー。 いい加減、限界だった。 （な…んか……くるくる…する……） 当然の帰結だ。フランソワーズに替わって何杯も水割りを飲んだ上、バーボンを一気飲みさせられ、更に、殆ど生のままのウィスキーまで一気飲みしたのだ。 （…ジェ…ジェット……） ジョー、撃沈。 「まぁ、ジョー、大丈夫？」 突然テーブルに突っ伏したジョーに、フランソワーズが驚いたように立ち上がろうとする。それをジェットがすかさず制した。 「座ってろよ、フランソワーズ。俺がベッドに寝かせてくるからよ」 「ごめんなさいね、ジェット。でも変ねぇ…そんなに飲んでいた風でも無かったのに……」 首を傾げるフランソワーズ。それへ適当な事を言って、ジェットはジョーを抱き上げた。 （悪く思うなよ、ジョー） 勝ったな、と思うジェットであった。 |
|
数時間後。 「おい、ジョー。ジョーってばよぉ。起きてくれよ！」 ゆさゆさと揺さ振られ、ジョーは目を開けた。 （う……。頭痛い、気持ち悪い、目が回る……） 「ジェ…ット……？」 何でジェットが居るんだ？ ていうか、何がどーなってるんだっけか？ 全然、頭がまわらない。 それでも。ゆっくりと事の次第が思い出されるにしたがって、ジョーの頭から血の気が引いていく。 (…ま…まさか……） 飲ませたのか？ フランソワーズに？ 酒を？ 顔を上げてジェットを見る。 「ジョー……俺が悪かった」 ジェットが手を合わせて頭を下げる。それが、最悪の事態が起こった事を如実に物語っていた。 呆然とするジョーを放っておいて、ジェットは窓辺に向かった。そっと窓を開けると、窓枠に足をかけ、そこでジョーを斜めに振り返る。 「ジョー、スマン。後は任せた」 （……え…？） その言葉の意味をジョーが理解するよりも早く、ジェットは窓の外に飛び出していった。 （……………あとは……まかせた……？） ジョーが状況を理解するのに、たっぷり一分はかかった。 |
|
リビングの扉を開け、ジョーは溜め息を吐いた。 予想に違わぬ惨状。それが、目の前に広がっていた。 （あぁぁぁぁぁ〜） 床には皿やコップや、何だか判らないモノの破片が飛び散り、椅子は蹴倒され、あるいは破壊されている。テーブルも同様。思わず天井を仰ぐと、そこにも何か刺さっている。 （？） よくよく見てみると、どうやら椅子の破片らしい。 （………） リビングの端にあった筈のソファーは部屋の中央に移動されており、恐らくソファーを移動した時の余波なのだろう、カーペットは捲れあがり、一部がビリビリになっていた。 そして。 部屋の中央に置かれたソファーには、フランソワーズがどっかと座っている。 フランソワーズは、勿論、絶好調だった。 「こらぁ〜、酒が足りないわよ〜！」 「お注ぎしま〜す！」 「よろっしーい！」 こちらも絶好調のグレートがコップになみなみとバーボンを注ぎ、フランソワーズは一気にそれをあおる。 「いやー、すんばらしい！ よ！ 女王様！」 「まーまかせてちょうだい〜。きゃ〜はははははははっ！」 カン高い笑い声。調子付いたグレートが、何だか訳の判らないモノに変身する。 最悪だった。 フランソワーズは酒に弱い。薄い水割りを二杯も飲めば、完全に酩酊状態になる。けれど、そこからが本番だった。 酔っ払ったフランソワーズは、無茶苦茶強い。飲んでも飲んでも飲んでも飲んでも 飲んでも飲んでも……（中略）……飲んでも、まだ飲む。酔い潰れる事無しに飲み続けるから始末が悪い。 しかも。 酒が切れると、途端に狂暴化するのだ。まずは手元の物を片端から投げ、椅子を蹴り、テーブルをひっくり返す。それでも酒を持ってこないと、ついには破壊活動に出る。椅子を蹴り壊し、テーブルをも真っ二つだ。 正気の人間なら、理性のタガとゆーものがあって、100％の筋力が発揮されないのだが、アルコールでそれが吹っ飛んだフランソワーズは、パワー全開だ。しかも、まがりなりにもサイボーグ。なお始末が悪かった。 だが。一応サイボーグとは言っても、フランソワーズの改造度は低い。ジョーがうっかり力を入れ過ぎれば怪我をさせてしまう。これを取り押さえるのは至難の技だった。 しかも。今回は、グレートまでもが一緒になっている。 頭が痛すぎる状況だった。 （どーしろってゆーんだよ……ジェット……） 今度会ったら、絶対に、エッフェル塔のてっぺんから突き落とす。ジョーは固く心に誓った。 （絶対だ……絶対………） 『００２』であるジェットにそんな事をしても何の意味も無いのだが、それに思い至らないくらい、ジョーもまた、酔っ払っていたのだった。 |
|
後日。 ジョーはジェットをエッフェル塔に呼び出した。『ジェットとエッフェル塔に行く約束をしたような気がする』からだった。 呼び出されたジェットの方は戦々恐々だった。心配のあまり、ハインリヒに電話をかける。 『どうしよう。ジョーの奴、怒って俺をエッフェル塔から突き落とすつもりかもしれん』 だから、一緒に来てくれ。真剣にそう言うジェットの頼みをハインリヒは一蹴した。 曰く。 『馬鹿か。お前さんを突き落としてどうするんだよ。いくらジョーが怒り狂ってたって、そのくらいの事が判らない訳無いだろ』 くだらん事でオタオタするな。そう言って、ハインリヒは電話を切った。 ジェットはジョーとエッフェル塔見学をした。 勿論、ジョーがジェットを突き落とすような事は無かった。 というか、あの固い決意をジョーはすっかり忘れていたのだった。 だた、あまりにも決心が固すぎて、『ジェット』と『エッフェル塔』という二つの単語だけが頭にこびり付いていただけだったのだから。 つつがなく見学を終えた後、ジョーはジェットに尋ねた。心底不思議そうに。 「…それにしても、ジェット、何でエッフェル塔なんか見たかったんだい？」 |
| ［幻想海悠園］トップへ | ［Contents］へ | ［ごみ箱］トップへ |