何度も思い返した。
何度も、何度も、何度も。
そしてその度に００３は思う。
その日の００９には、何も変わったことなど無かったと。
その前の日も、前の前の日も。
一週間前も、一月前も、半年前も、一年前も。
どれだけ記憶を辿っても、その日の００９には変わったところなど無かった。
いつもと同じように起きて、いつもと同じように一日を過ごして。
夕方近く、玄関へと向かう００９に気づいた００３は、いつものように声をかけたのだ。
「出かけるの？ ジョー」
その言葉に００９はふと足を止め……そして答えた。
「いや」
そう答え、そう答えたのに何故か００９は出て行った。
閉じた扉と窓から見える彼の背中に、００３は首を傾げて。
「ジョー？」
後から考えてみれば、それが唯一の異変だった。
００９は時折ふらりと出かけて何日も帰ってこない事があったが、それでも、出かける時には出かけると言った。いつ帰るとも何をしに行くとも言わない００９だったが、必ず『行ってくる』という言葉を残して行った。
けれど、その日、００９はその言葉を言わなかった。
００３がそれに気づいたのは、もう暫くしてからだったのだが。

一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日目になって流石に００３も不安になってくる。何かの事件に巻き込まれたのではないか？ ひょっとして仲間達を集めなくてはならないのではないか？ その懸念が次第に大きくなって。
その気持ちはギルモアも同じだったのだろう、四日目の夕方になったところで、ついに、ギルモアが００９の不在を口に出して尋ねた。
「ジョーは……何処に行っておるのかね？」
心配そうなその言葉に、００３が笑みを浮かべてみせる。
「行き先、聞いてないんです博士。ジョーときたら、出かけるって言った…だけ……で……」
そこまで言い、そこで初めて００３はその事に気づいた。
気づいて、呆然とする。
「……あ……」
言っていない。
出かけるのかと尋ねた自分に００９は『いや』と答えて否定した。
否定して……それなのに出て行ったのだ。
不意に、根拠の無い確信に突き動かされ、００３は踵を返した。
向かう先は、００９の私室。
「フランソワーズや、どうしたんじゃ？」
ギルモアの驚いたような声も、００３の耳には届かない。
足早に廊下を進み、扉の前に立って。
そして、００３は躊躇いもなくそれを開けた。

いつもと変わらない、雑然とした室内。
机の上には読みかけの雑誌や本が置かれ、椅子の背には上着がひっかけられたまま。ベッドの上にも、着ようと思ってやめたのだろう、数枚のシャツやズボンが放り出してあって。
それらの物の上を、００３の視線が次々と滑る。
そして、止まった。
ベッドの端。
そこに、００３の予想したものがあった。
雑然とした室内とはまったく無関係に、きっちりと畳んで置かれたそれ。
それは……００９の防護服だった。

その瞬間、００３は理解した。
００９は出て行ったのだ。
もう帰ってこない。
だから『出かけるの？』という問いに『いや』と答えた。
だから『行ってくる』と言わなかった。
そういう事なのだ、と。
ゆっくりと室内に歩み入り、ひっそりと置かれた防護服に手を伸ばす。
けれどそれに触れず、００３は振り返った。
振り返り、扉の前に立ち尽くしているギルモアを見て。
「……フランソワーズ……？」
「博士。ジョーは……００９は……もう、帰ってきません」
判ったのは、それだけだった。

００９が出て行った理由は、最後まで、誰にも判らなかった。

００１は言った。
その日、自分達と００９を繋いでいた運命の糸が切れたのだと。
だから、もう自分には彼が感じられない。
生きているのか死んでいるのかすら判らない。
一体どんな理由で、その運命の糸が切れたのかも判らない。
だが。
彼は失われた。
永遠に。

それから暫く後。
残された者達は、００９が出て行った理由ではなく、その結果を、知ることとなった。