Ａｃｔ．０ 回想 −カイソウ−
きつく唇を噛み、そして、００９は堅く閉じた瞳をあげた。白銀の荒野をキッとにらみ据える。
（行くしか、ない……）
仲間達は皆、敵の手に落ちていた。最後まで捕らわれずに００９と共に敵基地を捜していた００４も、半日前の戦闘で、ついに敵の手に落ちた。ドルフィン号も行方を断っている。乗っていた００１とギルモアが無事逃げおおせている可能性は低い。研究所もおそらく敵の手中だろう。
敵、すなわち Neo Black Ghost の。奴等は復活したのだ。いや、正確に言うならば、それは『復活』では無い。奴等は滅びてはいなかったのた。ただ眠っていただけなのだ。かつて Black Ghost の総裁は００９に言った。『人間がいる限り、我々は決して滅びはしない』と。
そして、今。再び活動を開始した奴等は、かつて Black Ghost によって生み出され、その Black Ghost を壊滅させた００ナンバー達の排除に乗り出したのだ。
鮮やかな手並みだった。完全に不意を突かれ、先手を打たれた００ナンバー達は、その最大の武器である結束力を発揮する間もなく、罠にかかった。
そして今、００９は一人だった。帰る場所は無い。
逃げる事はできた。だが、００９にその気は全くなかった。
戦う。戦って、仲間達を助け、Neo Black Ghost を再び眠りにつかせる。
たとえ、たった一人であろうとも。
☆
それは一本の国際電話から始まった。
「フランソワーズが、行方不明だってっ？」
受話器に噛みつかんばかりにして００９は叫んだ。
「ああ……もう三日、連絡が無い。ヤバイ予感がする。すぐにフランスに来てくれ」
００４の言葉に早口で「すぐ行く」と答え、電話を切る。そこへ、００１が口を挟んだ。
「ボク ト ハカセ モ イク」
「え？」
「ナニカ ワルイ ヨカン ガ スルンダ。ココニイテハ アブナイ ヨウナ キ ガ スル」
「えぇっ？ 研究所が？」
「ヨク ワカラナイ。デモ ボクハ モウスグ ヨル ノ ジカン ニ ハイル。アンゼンナ トコロデ ネテイタイカラ ネ」
かくして、００９は００１とギルモアと共にドルフィン号でフランスへと向かった。
しかし。フランスに駆けつけた００９を出迎えたのは、更に悪い知らせであった。
「張大人とグレートが帰ってこない？」
「ああ。二人でパリ市内を歩いて、フランソワーズを見た人がいないかどうか、尋いて歩いていたんだが……。昨日の朝出かけたっきり、まだ………」
００２が、二人とも無事じゃあるまい、というふうに首を振る。００４が００９を見、口を開く。
「ジョー、こいつはなにやらキナ臭いぜ」
「ああ。イワンも悪い予感がするって言っていた」
「イワンと博士は？」
００２が問う。
「ドルフィン号に乗って、１０キロ沖の海底にいる」
「イワンは、眠っちまったのか？」
００９は小さく頷いて、ため息をついた。
「ジェロニモとピュンマも……呼んだ方がいいな。ただ事じゃぁ、ない」
００５には連絡がつかなかった。
「確かに、あれはフランソワーズだった」
二日後やってきた００８は、そう断言した。
「カイロでだ。黒ずくめの男達を連れて歩いていた。後をつけて海岸まで行ったんだが……何が出たと思う？」
００２、４、９をぐるりと見回す。
「潜水艦だ。黒い」
「ま…まさかっ？」
全員が息を飲む。
「その“まさか”だとオレは思うね。あれは……」
「Neo Black Ghost ……？」
００４が問う。００８は頷いた。
「多分、００３は催眠暗示かなんかをかけられたんだと思う。別に縛られているわけでもないのに奴らと行動を共にして、下っ端らしい奴に命令したりしてた。で……」
ここで００８はちょっと言葉を切った。
「……それで、これは断言できないんだけど、しばらくしたら車がやってきて、担架に乗せた人間を潜水艦に運び込んだんだ。それが……ジェロニモだったような、気がするんだ。なにせ、もういいかげん暗かったし、見つからないように遠くにいたからよく解らなかったんだが、どうもそんな気がしたんだ」
「で、その潜水艦は？」
００２が問う。
「北へ向かっていった」
「……北、か。とりあえず行ってみるか？ ドルフィン号で」
一同が００９を見る。
「ああ」
それを見回して００９は頷いた。
だが、指定海域にドルフィン号の姿は無かった。
「まさか……」
愕然とする。
「遅かったか……？」
「どうする？ ジョー」
「陸路で、行くしかないだろうな……」
☆
そしてついに、００９は基地の位置を突き止めた。しかし、もはや仲間はいない。これから乗り込もうとする基地に捕らわれているのだ。その上、確認されただけでも００２、３、５、６、７の五人は、何らかの手段によって自由意志を奪われ、敵の手先になってしまっているのである。
それでも。
（行くしか……ない！）
もはや選択の余地は無かった。
粉雪がフワリと舞い、次の瞬間、真紅の影が揺らめき……消えた。