青空を背に飛ぶ真紅。ひらりとなびく黄色。樹の影に身を隠して梢の先にチラリと見えたそれを確認し、ルシファーは内心で首を傾げた。
（……さぁて、と。こいつぁ一体、どういう事かねぇ……？）
一つ目のセンサを破壊してから迎撃が出てくるまでの時間は、概ね予想通り。最初の銃撃が上空からで、次いでマイクロミサイルが飛んできたのも、想定の範囲内だった。
だが。
（どーにも、妙だよなぁ？）
最初の一撃はいい。牽制を兼ねた挨拶代わりということで、狙いを定めるよりも早く攻撃することの方が重要と考え、まずは敵の居そうな辺りに撃ち込んだ、というところなのだろう。それは理解できる。問題は、その後だった。
上空からの攻撃も地上からの攻撃も、確かに自分の方へと向けられてはいるものの、しかし、狙いは奇妙なほどに甘い。
飛んでくる銃撃の角度から、ドルフィン号を背にして半包囲する隊形で徐々に接近を図っていることが伺えるが、包囲の狭まるスピードは、慎重と言うには些か度が過ぎている程の緩やかさで。
（……こっちの位置が、掴めてないってか？ ……いや、掴めてないってぇ訳じゃないな。ある程度は掴めてるが、さほど正確にという訳じゃない。そんな雰囲気だよなぁ）
実際、試しに包囲の隙間を突いてドルフィン号側へと抜けてみたところ、その途端、行く手の上空に００２が現れた。故に、こちらの位置がある程度掴めているのは間違いない。センサを破壊する以外では未だ一発も発砲していないから、弾道から位置を推測された筈は無く、従って、自分を見つけたのは００３の『目』だという事になる。
（ってことは、００３の『目』ってぇのは、この程度なのか？）
確かに、『見え』ているのは００３だけで、他のメンバーは００３から索敵結果を（おそらくは脳波通信で）報されるのだろう。それ故、攻撃に遅れやズレが生じることは考えられる。実際の連携には限界があり、あたかも各々が『見え』ているかのような動きが可能とまでは行かないのだ、という解釈も成り立つ。
（………）
瞬き半分ほどの時間その可能性を吟味し、そして、ルシファーはそれを却下した。
（そりゃ無いな）
他の者達ならばいざ知らず、００ナンバー達なのだ。そんな程度の事しか出来ないのであれば、過去にあった数々の戦いのどこかで、とっくに倒されていたことだろう。
（となると……。００３はこの場に居ない、あるいは、００３がこの場に居ないと思わせたい、ってぇトコか？）
しかし、００３がこの場に居ないということは、つまり、この段階で戦力を分散させたということで、それは極めて非常識だ。だからといって、００３が居ないと思わせる利点があるかと言えば、それもいまひとつ判らない。強いて言うならば、００３が居ないと思わせる事で油断を誘う作戦というところだが、それにしては、やり方があまりにも中途半端すぎる。本気で００３の不在を装うのなら、こちらを完全に見失ったフリのひとつくらい、して見せるべきだろう。
そう考えると、００３が居ないというのが、最も可能性が高い。
（とはいえ、なぁ……）
もし、本当に００３が居ないのだとしたら、今度は、大雑把ではあってもこちらの位置が掴めているのは何故か？ という疑問が出てくる。
（何か別の仕掛けがある、か？）
例えば、この周辺に仕掛けられていたセンサ類。それらは、恐らく感度や精度を維持する為なのだろう、さして巧妙に隠されてはいなかったが、同じ物を、ある程度の精度を犠牲にする前提で、もっと巧妙に隠して設置していたと考えれば、一応の説明はつく。とはいえ、それにしては些か、こちらの位置を正確に掴め過ぎているようにも感じられるのだが。
（……まぁ、この際、それはどうでもいい）
いずれにせよ００３の『目』以下の索敵能力など、問題にならない。
（問題は……）
００３がここに居ないというのなら、では、一体何処に居るというのか？
（何処で、何をしている……？）
そして、もう一つ。
（……一緒に行ったのは、誰だ？）
眠っている時の００１を除けば、００ナンバー中で最も戦闘能力が低い００３が、単独で行動するとは考え難い。となると、当然、護衛として他の００ナンバーが付き添う事になるだろう。付き添った者は、もし００３が本当にこの場に居ないのなら、当然、今この場に居ないことになる。
（居ないヤツが誰かが判れば、目的の推測も出来る……かもなぁ）
となれば。
（ここはひとつ、軽く揺さぶりをかけてやる、か）
仕掛けて、反応を見る。いずれにせよ、喧嘩を売りに来たのだ。それが最も適切な手段だろう。
（……さぁて、と。それでは、お手並み拝見、といくかぁ）
藍鉄色の瞳を眇めてさっと周囲を伺いながら、楽し気に笑う。その口元から僅かに覗く犬歯。それは、今まさに獲物を狩ろうと駆け出す肉食獣そのもの。
そして。
次の瞬間、ルシファーの姿はふっと掻き消えた。

ドルフィン号のコクピットは、切迫した空気に包まれていた。
「……第３ライン上、東に……いや違う、南に……？ くそっ………何処だ？ 動きが……早すぎるっ……！」
硬く瞳を閉じて眉間に皺を寄せ、ライが必死で索敵を続ける。その傍らでは、チアフルが物凄い勢いでコンソールのキーを叩いていて。コクピット内に響くのは、スピーカーから降って来る、００ナンバー達が交す会話。
『敵さん、加速装置付きっ、アルか？』
『みたいだ、ねぇっ……』
『急に、動きが、早くなりやがった……ってのは、一体、どういうコト、だ？』
『さぁ、何だろう、なっ……』
言葉そのものは呑気なものの、その裏に漂う焦りは隠し切れず、途切れ途切れの声が戦闘の激しさを物語っている。
『ぅわ…っ！ くそっ、そこかっ！？ 』
『大丈夫かっ、ジェット？ 』
『……な、んとかっ』
「第３ライン内……西側っ……消えたっ。……南、第４ライン近くにっ……」
『ジェロニモ、ジェットの援護をっ。ピュンマ伏せろっ！』
『了、解』
『……っ』
交される００ナンバー達のやり取り。それに重なる、ライの、敵の位置を知らせる声。
どんな戦闘が行われているのか、その様子は伺えないが、しかし、押されている事だけは間違いなく、チアフルはギリギリと奥歯を噛んだ。
一瞬だけ手を止め、ライとカティサックの様子を見遣る。
それから。
再びコンソールに視線を戻すと、チアフルはドルフィン号の火気管制システムを呼び出した。

『くそっ。６対１で、この有様、かよっ』
『敵の、動きがっ、早すぎ…だっ……』
「……第４…ライン内……東側から、南……」
『ジェット、グレート、いったん第５ライン手前まで退がれっ！』
ライが告げる言葉を受けて、００４が指示を出す。
『了解っ。ったく、あのヤロ、何処に居やがるっ？』
『……確かに、殆ど、気配が……無い……っ……そこかっ？』
『当たったっ？』
『いや、外したっ……』
「第５ラインに……接近っ。……西？ いやっ……南側へ……？ くそっ……」
掠れた声で告げられた言葉に、全員が息を呑んだ。
『まずいっ。いい加減、後が、無ぇっ』
『ちぃっ。どう、するよっ？』
焦った声が飛び交う。そこへ、チアフルが割って入った。
「全員、ドルフィン号に戻ってくれっ！ ミサイル撃って、離脱するっ！」
『チアフル？』
『チアフルはん？』
『マジかよっ』
突然の宣言に驚いたような反応が返ってくるが、しかし、それに構わずチアフルは言葉を継いだ。
「ハインリヒ、ごめん。さっきの撤回。逃げる」
昼間に飛ぶのは目立つから避けたい、移動するのは今来ている敵を何とかしてから。先刻はそう言ったものの、それが実現できる相手とは思えない。チアフルが早口でそう告げる。
「これ以上接近されんのはマズい。敵の意図もわからないし。この場は……退くべきだと俺は思う」
一瞬の間。そして、００４からの返答がある。
『……わかった。操縦とミサイル攻撃の制御は？』
「離陸準備までなら何とかなるけど、操縦は誰か来て欲しい。ミサイル攻撃は、最終ライン上のランダムな位置に向けて発射するようにプログラムしたから、あとはタイミングだけ。発射指示の入力から実際の発射までは、最短で５秒。タイミングは……」
『了解だ。タイミングはこっちで指示する。』
「助かるよ」
ほっとした調子のチアフルの声に、今度は００２の声が重なった。
『ライ、あのヤロの現在位置、判るか？ だいたいで良いんだ』
「……第５ラインの……少し外、南側。……ラインに沿って……西の方向へ移動中、だ……」
『サンキュー、ライ。グレート、ハインリヒ、つきあってくれ。どうにかして、あのヤロウを、一旦、第４ラインの近くまで押し戻す』
『おうよっ』
『わかった。……ピュンマ、ドルフィン号の操縦を頼む』
『了解。張大人、ジェロニモ、ドルフィン号まで走るぞっ』
００４の言葉に００８が応じる。
『ん』
『了解アル！』
００５と００６の応え。一瞬それを確認するような間があって、再び、００８の声が響いた。
『チアフル、エンジンの始動は未だするな。こっちの意図を気付かれる。エンジン始動は、ジェット達がヤツを引き離してからだ』
「……了解。それ以外の発進準備は？」
『やってくれ。すぐに行くっ』
「わかった」
短く応えながらひとつ頷くと、チアフルは発進準備に取り掛かった。

一斉に放たれたミサイルの弾幕。次々と着弾しては派手な爆炎を上げるその向こうから、ドルフィン号が離陸する。急速に遠ざかる機影を追いかけて、００４を抱えた００２と、そして、一羽の鳥……００７が飛び去って。

降り注ぐミサイルを避けて距離を取り、岩陰に伏せて爆風を遣り過ごしていたルシファーは、土埃が落ち着いたのを見計らって、ゆっくりと立ち上がった。動物のように軽く身振いして頭と身体とに積ったものを振い落とし、藍鉄色の瞳を眇めてドルフィン号が飛び去った方角を暫し眺める。
（……逃げた、か……。まぁ、いい判断だな……）
あの状況で戦闘を続けていれば、自分は、遠からずドルフィン号への直接攻撃が可能な距離まで近付けていただろう。今の手持ちの武器ではドルフィン号に致命的なダメージを与える事は出来ないが、しかし、そんな事は、００ナンバー達には判らない訳で。
彼我の戦力差を的確に判断し、手遅れになる前に手を打った事は評価できる、とルシファーは考える。
問題は、その戦力差の原因。
（……居ないのは、００３と……００９、か）
迎撃に出てきた００ナンバー達の中で、存在が確認できなかったのは、００９唯一人。
（『目』が無い上に、加速装置を持ってる００９が居ないとなりゃ、そりゃぁ話になりゃしねぇよなぁ……）
しかも、００９は仮にも一党のリーダー。その不在というのも、勿論、少なからぬ影響があったことだろう。
（とはいえ、４年半前の一件から考えても、００９が居なけりゃ戦えないってぇ訳じゃ無いだろうがな）
実際、先刻の戦い方も、『目』も無くリーダーも不在という状況にしては善戦したと言えるし、引き際の判断も逃げっぷりも、なかなか見事なものだった。
（流石は００ナンバー、と言ったトコロか）
リーダー不在でも何ら問題無し。しかも、ドルフィン号には００１が居る筈。今は未だ『夜』の時間で眠っているだろうが、目を覚ませば、たとえ００３と００９が戻らなくとも、攻守ともに磐石だろう。
（確かに、００３と００９が別行動を取っても、問題は少ないってぇ訳だ）
だが。
今のこの状況下で、００３と００９の二人が別行動を取る、その目的は一体何なのか？
（………）
藍鉄色の瞳を伏せ、小さく息を吐く。
ふっと風が凪ぐように、沈黙がその身体を覆って。
無音の一瞬。
そして。
唐突にルシファーはゲラゲラと笑いだした。
「ったく、こいつぁお手上げだ。……楽しくしてくれるじゃねぇか、００９」
空を見上げ、嬉し気にそう呟く。
「さぁて、と……」
クツクツと笑いながら踵を返すと、ルシファーは足取りも軽くその場を後にした。

草木の一本も生えていない、寒風吹き荒ぶ尾根。深夜の闇に包まれた今、吹く風は氷点下の刃の如き冷たさで、当然のことながら、辺りに人の気配は全く無い。
その尾根から数十メートル下った場所。崖から斜めに突き出した、軒のようにも見える岩盤の下に、ドルフィン号は静かに停泊していた。

攻撃を防ぎきれずに緊急離陸して半日以上。低空で暫く飛んでは窪地や山陰に着陸して追手が無いか様子を伺い、再び離陸しては方角を変えて飛ぶ……というのを何度も繰り返しながら日没を待ち、完全に日が暮れてから、００ナンバー達はドルフィン号の機首をこの尾根へと向けた。
到着後、まずは周囲に敵が居ないことを入念に確認し、それから、ドルフィン号を隠すのに丁度良いこの場所へと移動。００４、００５、００６、００８がドルフィン号にカムフラージュを施す傍ら、００２と００７は、この午後の数時間でチアフルが量産した即席の監視用センサーを周辺に設置して回って。設置した全センサーの動作確認が一通り終わり、これといった異常が無いことを確かめたところで、戦闘終了直後に疲労のあまり倒れたまま眠っていたライを起こし、カティサックを呼んで、改めて入念な『索敵』を行う。
こうして、どうにか一応の安全が確保された、となったところで、一同はドルフィン号内の会議室に集合したのであった。

楕円形のテーブルの正面奥に座るのは、チアフル。その右側には００８と００７が並んで座り、ドルフィン号のレーダーからの情報と、周囲に設置したセンサー類からの情報とを、手分けして監視している。チアフルの左側には００５と、そして、疲労困憊状態でありながらも頑として部屋に戻ろうとしないライ。そして、扉から一番近い位置には、何か起きた時すぐに動けるよう、００２と００４が陣取る。
黙りこくったままの一同の間を、００６とカティサックがワゴンを押して回り、湯気の立つ饅頭を盛った皿と、熱いジャスミン茶を満たしたカップを配って歩いて。
全員に配り終えたところで、００６とカティサックも席に着き、かくして、睡眠中の００１とそれに付き添うギルモアを除いた、現時点でドルフィン号に居る全員が揃った。

重い沈黙。
誰一人、口を開こうとしない。
チアフルがノロノロと視線を上げ、一同を見回して。
ひとつ溜息を吐き、何かを言おうと口を開きかけた、その途端、００６が声を上げた。
「みんな、ナニしてるアル。せっかくの饅頭が冷めるアル！ とっとと食べるアルよ！」
そう叫び、ボッと口から小さな火を吐いて見せる。
一瞬の空白。
次の瞬間、００７が殊更に明るい声で言いながら饅頭に手を伸ばした。
「……あー…そ、そうだよな。腹が減っては戦は出来ぬってね」
ばくりと食いつき、頷いてみせる。
「うん。って、あぢっ！ ……いや、でも相変わらずウマいね、こりゃ」
「当っ然アル！ 蒸したてがイチバン美味しいアルね！」
ふんっと鼻を膨らませて言う００６の言葉に、００２の声が重なった。
「確かに、蒸したてがイチバンだよなー」
言いながら、饅頭に手を伸ばす００２を、００６がギロリと睨んでみせて。
「ジェットはんの『蒸したて』は、摘み食いアルからして……」
「まぁまぁ、固いコト言うなって……ウマイ！」
がぶりと一口齧り、そーいやぁ昼メシ食ってから何も食ってなかったんだよな、と言う００２に一同が目を瞬かせる。
「……そういえば……」
「確かに、夕飯どころじゃなかったよな……」
「考えてみれば、半日以上、何も食べてなかったっけか」
口々に言いながら、誰も彼もが次々と饅頭に手を伸ばし……
そして、暫しの間、一同は空腹を満たす事に専念した。

一つ目二つ目を無言で口に運び、ジャスミン茶で流し込んで三つ目に手を出し……人によっては更に四つ目五つ目と食べた挙句、追加でまた二つ三つと貰って……ものの１０分と経たないうちに、並べられた饅頭の殆どが、めいめいの腹に納まる。
００６とカティサックがジャスミン茶のおかわりを注いで回り、室内が柔らかな空気に包まれて。
席に戻った００６が００７に目配せをし、それを受けた００７がチラリと００４の方を見遣れば、００４が促すように小さく頷いた。

「……えー、ぅおっほん」
いきなり００７がわざとらしく咳払いをして立ち上がる。何事かと注目する一同をぐるりと見回し、まるで舞台挨拶でもするかのように両腕を広げて。殊更に芝居がかった調子で００７は言った。
「えー、それでは諸君。ここいらでひとつ本日の総括をして、今日のところはお開きとしたいと思うが、如何？」
００７の問いかけに、００２がやんやと手を振る。
「賛っ成〜！」
「あぁ」
「ん」
「賛成アル」
「異議なし」
００２に続いて、００４、００５、００６、００８が応じるのへ、００７が仰々しいお辞儀をして見せる。そして、００７はチアフルへと視線を向けた。
「……ってことで、ヨロシク。指揮官殿？」
ウィンクしつつそう言う００７に、チアフルが目をぱちくりさせて。
「へ？ えーっと……？」
突然の事にキョロキョロと辺りを見回すチアフルに、００４が声を掛けた。
「とりあえず、襲撃してきた奴についての情報を、一通り整理しないか？」
どう考えても次の襲撃が無いとは思えない。正体までは判らなくとも、どんな奴か、判る範囲での情報を整理して共有した方がいいだろう。そう言う００４にチアフルが頷く。
「そ、だね。そしたら……」
そこで一旦、考えを巡らせるように言葉を切り、それから、チアフルは言葉を継いだ。
「……まずは、ライ。あんたの話を聞きたい。何でアイツの居場所しか、判らなかったんだ？」
００３が不在で００１が『夜』の時間である今、ライとカティサックによる『索敵』は重要な情報源だ。仮に００３が戻って来たとしても、相手の位置だけでなく思考までもが読み取れる点は、それによって先手を打つことが可能になる訳で、重要さは変わらない。だが、とチアフルは言う。
「……昼間のヤツの思考は読めなかった、ってコトだよな？ その理由が、例えば、ESPによる索敵を防ぐ何らかの新兵器。小型化された対ESPフィールドとか、そういった何かだってんなら、この先の展開に大きな影響がある。だから……」
まずはその件について、詳しい状況とそれについての見解を聞きたい。そう言うチアフルに、ライが頷いた。

「まず、チアフルが心配している、小型化された対ESPフィールド等の新兵器という可能性……これは、考えなくて良いだろう」
疲労が滲むものの、それなりにしっかりした声で言い、ライは一つ息を吐いた。
「……その理由は、二つある。一つは、技術的な問題。対ESPフィールドの小型化が研究されていなかった訳では無かったし、そこそこ小型化が進んでいたのは事実だが、それでも、ある程度以上の規模の軍事拠点や研究施設でなければ置けないくらいのサイズだったから、人間が持ち運べるようになんて、未だ未だ話にも出ないレベルだった。あのまま研究が続けられていたとしても、今の時点でそこまでの物が作れていたとは、とても思えん。ましてや、本部の崩壊で技術資料は失われ、研究者達もいなくなっているんだ。まず無理と見ていい」
そう言い、ライは言葉を継いだ。
「もう一つの理由は、『見え方』だ。対ESPフィールドが張られた場所は、俺や００１のようなテレパスには、白っぽく見える。丁度、光が鏡に当たって反射しているように。そして、その『中』に何があるのかは、全くわからない。だが……」
考え込むように言葉を切り、ライは視線を宙にさ迷わせた。
「……だが、そこに生きた人間が『居る』のは、間違いなく判った。何かに遮られたりするような……そんな感触は、全く無かった」
だから、対ESPフィールドや、それに類する何らかの新兵器という事は無いと考えて良いだろう。そう言うライに、一同は腕を組んで考え込んだ。

「……じゃあ、さ。そいつは、エスパーってことなのか？」
暫しの沈黙の後、口を開いたのは００２だった。
それへ、ライは首を振った。
「恐らくは違う……と思う」
「何故だ？」
短く問いかける００４へ視線を向け、ライは言葉を継いだ。
「説明するのは難しいんだが、テレパスのする遮蔽というのは、いわば膜のようなものだ。その膜にこっちの『力』がぶつかって、そこにノイズが生まれる。ノイズの所為で相手の考えが読めない……そんな感じなんだ」
『膜』には弱い部分や強い部分もあるし、自分の方が力が強ければ、弱い部分を狙って『膜』を切り、相手の心に侵入することもできる。
「これが００９のように、テレパスでは無いが強い精神力を持っていて、自分の心を隠している場合だと、心には侵入できるが表層に触れられるだけ、ということになる。喩えて言うなら、玄関から中には入れるが、そこには廊下と扉があるだけで、どの扉にも鍵がかかってる……という感じだな」
「……色々アルんアルねぇ……」
００６が感心したように首を振る。
「んで、今回のヤツは……？」
テレパスのする遮蔽のような『膜』がある感じでは無かったってコトか？ と問う００２に頷き、ライは唇を噛んだ。
「だが、００９のような強い精神力を持つ者の場合とも違う……。なんというか……」
額に手を当てて暫し黙り込み、そして、ライは唸るように言葉を継いだ。
「……最初は、動物かと…思った……」
「は？」
「へ？」
「どーぶつぅ？」
「なんだそりゃ？」
突然の言葉に全員が顔を見合わせる。それを気にする風も無く、ライは言葉を継いだ。
「『索敵』を開始した直後、誰も見つけられなかった……。居る筈の『敵』が、どこにも……全く見当たらなかったんだ……」
「……そんで、呆けてたんだ」
納得したように呟くチアフルに、ライが小さく頷いて。
「もう一度、慎重に辺りを『見回し』て……そして、やっとそいつを見つけた」
まるで動物のような、けれど、よくよく見てみれば確かに人間に間違いない、その者を。
「俺は、そいつの思考を読もうと……そいつに触れようと……した。その途端、そいつは……」
そこで息を吐き、言葉を捜すように天井を仰いで。やがて、諦めたように大きく首を振ると、ライは言った。
「そいつは、俺の手を『避け』た」

何とも理解しようの無い言葉に、一同は困惑したままライを見詰める。
ライはと言えば、それ以上何を言う気配も無く、ただ黙ったままで。
「……えーっと……？」
どうにもならない空気を何とかしようと、とりあえず００７が口を開き、そして、００５を見遣って言葉を継いだ。
「あー。動物みたいってことは、さ。そのー、あー……うん、例えば、ジェロニモみたく自然と一体化してる……って感じ、とかなのかね？」
「……違う」
ライがぼそりと答える。それへ００７が肩を落とし、００６を見遣った。
次おまえ、何か言えよ…という目配せに、００６が慌てたように指を擦り合わせ、それから、ぱっと顔を上げて。
「じゃ、じゃ、じゃぁ……そうっ！ 狼に育てられた野生児、みたいなのアルか？」
「……恐らく、違う。そういう症例に会ったことは無いが、そういう場合の精神は、子供のものに類似していると考えられる。だが、そういう感じでは無かった……」
ボソボソとした口調ながらもキッパリ言い切られ、００６が溜息を吐いて００７を見る。
困ったような視線を返され、００７は肩を竦めた。
「……さーっぱり判らないねぇ。お手上げだ、こりゃ」
どーしましょ、と一同を見回し、それからチアフルを見る。
「どーする？」
問われ、チアフルはあっさり首を振った。
「俺も、さっぱり。でもまぁ……」
ライの方へと視線を向け、確認するように言葉を継ぐ。
「対ESPフィールドのような新兵器じゃないってことは、あーゆー類がうじゃうじゃ出てくる可能性は低いって思っていいよな？ でもって、アイツが来ても、とりあえず位置だけなら判る、と」
「あぁ」
チアフルの言葉にライが頷いて。それを受け、チアフルは００４へと視線を向けた。
「……となると、『索敵』については、とりあえず、この前提で作戦を考えるしか無いね」
「そうだな」
チアフルの言葉に００４が短く応える。そして、００２を見遣りつつ言葉を継いだ。
「……今度はこっちの掴んだ情報だ。ジェット」
「おうっ」
声を掛けられ、００２が頷いた。
「空からなんで、しっかりとじゃねぇけど、一応、姿は見たぜ。つっても、奴さん、頭っから灰色のマントを被ってたんで、ツラぁ拝んだわけじゃないけどな」
思い出すように天井を見上げ、ポリポリと頬を掻きながら言葉を継ぐ。
「背格好的にはタイラントと同じっくらいだったな。マントの下は、多分、Neo Black Ghost の戦闘服だろう。黒いズボンに黒いブーツだったからさ。あとは……」
うーん、と唸り、それから、ポンと手を打って。
「そう、ちょっとだけマントのフードから髪が見えた時があったんだけど、黒っぽい色だったな」
他に誰か見た奴いるか？ という００２に、００８が軽く手を挙げた。
「こっちも、そんなに良く見えた訳じゃなかったけど、でも、確かにジェットの言うような感じだった」
見えたのは、灰色のマントと黒のズボンとブーツだけ。背格好がタイラントと同じくらいだろうというのも同意見。そう言う００８に００７が頷いて。
「チラっと見ただけだけど、そんな感じだった。あと……ありゃ多分、男だな」
「何で判るんだ？」
訝しげなチアフルに、００７は考え考え言葉を継いだ。
「んー。まぁ、役者のカンというか。ちゃんと見た訳じゃないけど、身体の動かし方がな……。そもそも、男と女じゃ骨格が違うから、腕の動きひとつ取っても色々と微妙に違うモノなんだ。だから、男が化けた女や女が化けた男は、気をつけて演技してないと大概バレる。とはいえ、今回は、チラっと見ただけだから……」
正確には判らないけど、という００７の言葉を、不意にカティサックが遮った。
「男性です。あの方は、男性ですよ……」
唐突な言葉に、一同が虚を衝かれたように黙り込む。
一斉に集まった視線に、どこかぼんやりと宙を見ていたカティサックは我に返ったように目を瞬かせた。
「……あ……。す、すみません……っ」
慌てて頭を下げるカティサックに、チアフルが不審気な瞳を向ける。
「何で？」
「……え？」
「何で、アイツが男だって、思うわけ？」
軽い調子ながら、どこか冷たさの漂う声音。それへ、カティサックがどこか狼狽えたように視線をさ迷わせ……
やがて。
意を決したように息を吐き、カティサックはチアフルへと視線を向けた。
「ライが私の力を使って『索敵』をする時、滅多に無いことですが、時折、ほんの僅かにですが、相手の気配のようなものを感じることがあるのです」
自分はエンパスであってテレパスでは無いから、相手の思考が判るわけではない。ただ、微かに感情の残滓、あるいは、気配とでも呼ぶべきもの、それが感じられる。そんな時があるのだ、とカティサックは淡々と語る。
「今回も、僅かですが、そういったものが感じられました。その感触から、男性だと……」
静かに言うカティサックを感情のこもらない瞳でじっと見たまま、チアフルは口を開いた。
「……ふぅん……。そうなの？ ライ……？」
「そう、だな。あぁ。確かに、そういう事は過去に何度かあった。特に、俺の方のコントロールが不安定な時には、そういった事が多かったな……」
今回の相手は極めて不可解だから、何があっても不思議ではないし、自分も途中で一時コントロールを失いかけた。その時に相手の感情が僅かにカティサックに伝わった事は十分に考えられる。そう言うライに、チアフルが無造作に頷いて。
「そ…っか……。まぁ、確かに、ヘンな相手だもんな」
「はい」
明るい調子なのに、どこか底冷えのするチアフルの声音に、カティサックが静かに応える。
その様子を００６が心配気に見遣り、００４の方へと伺うような視線を向けた。

一瞬の、間。

「……一通り、情報は出揃ったようだな」
００４がゆっくりと言いながら一同を見回す。それへ、視線を向けられた各々が小さく頷いて見せて。
最後にチアフルへと視線を向け、００４は言葉を継いだ。
「この場は解散にして、順番に休むべきだと思うが、どうだ？」
「そだね。それが良いと思う」
チアフルが頷いて答える。その声からは、既に、一刻前の冷たい気配は消え去っていた。

００６と共に会議室に持ち込んだ食器類を集め、厨房へと運んで。一通りの片付けが終わり、寝室として割り当てられている部屋に戻ったところで、カティサックは大きく息を吐いた。

（………）
ベッドの縁に座り、胸元に手を当てる。
ゆっくりと瞳を閉じ、静かに息を吐いて。
（……あれは……あの方は……一体……？）
酷く胸が苦しい。泣きたくなるほどに。
まるで恋焦がれるような、切実な餓えにも似た、痛みのような熱い感情。
祈り、願い、あるいは、絶望のような思慕。
（逢いたい……もう一度……あなたに……）
この感情は、果たして、自分のものなのか、あるいは……？
そう考え、カティサックは苦笑した。
（……どうしたものでしょうね。皆があなたを『敵』扱いする度に、心が痛んでしまいます……）
ウィッチの誘拐に、タイラントの未帰還。そのいずれにも関わっている可能性が高い、Neo Black Ghost のサイボーグ兵だというのに。気をつけていないと、咄嗟に彼をかばうような事を言ってしまいそうだ。そう思い、カティサックは溜息を吐く。
（チアフルには、早速、不審がられてしまいましたし……）
おそらく、事情をきちんと話すべきだろう。
（でも、チアフルは今、唯でさえ大変な訳ですし、そこに、また妙な問題を持ち込むのも、ちょっと憚られますよね？）
だから、話すのは、もう少し落ち着いてから。そう考え、けれど、これは自分に対する言い訳なのかもしれないとも思う。
（相手の感情に引きずられて……私は、正常な判断力を失っているのでしょうか？）
この想いを他の誰かに言いたく無い……言って否定されたくない……どうも、そういう心理が働いているような気がする。それ故に、この事を告げるのを先延ばしにしようとしているのではないのか？
（……でも、今はそんな事に構っている場合では無い。それは、事実ではありませんか？）
それに。
仮に、今この瞬間に彼が再び襲撃してきたとしても、ライに力を貸して『索敵』を行うのには何の問題も無い。
（私の側からは、何もコントロールできないのですよ？ 味方に不利益をもたらすことなど、不可能です。であるならば、私の今のこの状態は、問題ではあっても、火急の問題ではない。違いますか？）
だから、今しばらくは己の胸にだけ留めておけばいい。

沈黙。

ゆっくりと瞳を開き、カティサックは苦笑した。
（自分の心理の分析というのは、難しいものですね……）
今のこの己の感情が、本当に自分のものなのかすら定かで無いのなら、尚更。
（でも……）
ふっと遠くへと視線を向け、カティサックは呟いた。
（この心の痛み……この灼熱の想い……これが、あなたから齎されたものであるのは、間違いない……）
そして、その想いは、決して、昏いものではない。
あまりに強烈で、酷く苦しいけれど、しかし、穢れた翳りなど、微塵も感じられない。
そうであるのならば。
（私は……私達は……あなたの『敵』では、無いのでは……ありませんか……？）
そう考え、カティサックはヤレヤレと溜息を吐いた。
（こんな事を言おうものなら、私、チアフルに殺されちゃいますね……）
何をどうするにせよ、もう少し冷静になってから、よく考えるべきだ。そう思い、カティサックは頭を振った。