『幻想海悠園』
『語部館』
『月光水晶戦記』

第六歌

始まりの日



かくして、預言の日は来たり

運命を変える勇者

天地珠の巫女の導きに応え

ヒトは皆、希望を胸に

新たなる朝へと向かう


思い出せない夢の欠片を握りしめ、緩やかに、現実の浜辺へと舞い下りる。
手が、無意識のうちに、隣にある筈の温もりを探して……
冷たい感触に、ズァインは、ふと、目を開いた。

(………)
苦笑。
あの日から、もう、だいぶ経つというのに、自分は未だ理解していないのだろうか?
(…それとも……理解したくない…のか?)
自嘲の呟き。
心の何処かでは、最初から判っていた筈だ…と、ズァインは思う。
(そう……。彼女は、俺を見ては…いなかった……)
いつも。
いつでも。
彼女の視線は、この自分を透かして、その向こうにある何かを見ているようだった。
だから、彼女からその決意を告げられた時、驚くよりも前に納得したのだ。
やはりそうだったのだな…と。

『あなたなら、きっと、そう言ってくれると思った』
囁いて微笑んだ、艶やかな唇。
抱きしめた腕の中からするりと抜け出し、優雅に振り返って。
舞うように鮮やかな、その動き。
さらさらと舞う、銀絹の髪。
細い月光が、目にも彩かな白磁の肢体を、滑らかに照らし……

(…そう言うと…思っていた……か……)
だからなのだろうか? とズァインは呟く。
だから、彼女は自分を選んだのだろうか? と。
そうだとしたら……。
(…そうだとしたら、何だと?)
自分を選ばないで欲しかった…とでも言うのか? とズァインは自問する。
答えは、考えるまでも無かった。
(否だ)
もし、彼女と共に過ごした時間が、自分の中に無かったとしたら……
そう思い、首を振る。
かりそめにでも、そんな事など、考えたくはない。
自分にとって、彼女は、世界そのものだ。
彼女があるから、世界がある。
彼女は、自分にとっての天であり、地であるモノなのだ。
(…そう……だから……)
彼女をおいて他に、誰がいるだろう?
『天地珠の巫女』として、ふさわしいモノが。
(…彼女こそが……)

身支度を整え、籠を手に天幕の外へ出る。
ひんやりと香る朝霧。
明けやらぬ空には、細い月。
あの朝と同じ、冷たく濡れた銀の光が、ズァインを見下ろして。
「…かくて、運命の日、来たる……か」
そう呟いて嘲う。
「運命の日など……」
自分にとっての『運命の日』は、もう、とっくに過ぎ去った…とズァインは思う。
(……あとは、ただ……)
『地の三賢師』の一枝として、己の勤めを果たすだけだ。
青空の瞳を持つ勇者が、彼の開くべき扉まで、無事、辿り着けるように。
たとえ、その扉の向こうを見ることが、自分には叶わなくなろうとも。
(…世界を、もう一度、我等ヒトの手に……取り戻す)
それは、総てのヒトの願い。
けれども。
そんな事は関係無い…と、ズァインは想う。
彼女が、そう願うから。
それだけが総て。
(……それでいい……)
軽く息を吐き、そして、ズァインは歩き始める。
薬草を求め、森の奥へと。

露に濡れた土が足音を柔らかく抱き、紺青の衣が朝靄に紛れて。
新しい朝を迎え、森は、ゆるやかに目覚め始めていた。




朝一番の陽光。
命の煌きのようなその輝きが、翠の葉に反射する。
森の奥にある、小さな空地。
皆が天幕をはっている場所から少し離れたその場所に佇み、レィミアは瞳を閉じた。
土の香が漂う冷たい空気を胸一杯に吸い込み、ゆっくりと吐く。
気持ちを落ち着け、心を鎮め、世界の鼓動に耳を傾けて。
(……私は…風……私は…天………私は……世界………)
胸の内でそう呟きながら、果てしなく広がる大地と、彼方へと続く空とを、瞼の裏に想い描く。
空気を乱さないよう、静かに両腕を開き、掌を天に向けて。
慎重に息を整え、そして、レィミアは歌いはじめた。
最初は、佇んだまま、囁くようにゆっくりと。
徐々に声を高めて歌い、歌に併せて緩やかに舞う。
定められた型をなぞって。
天と地を繋ぐ、風のように。

静かに舞い納めて目を開き、レィミアは大きく溜め息を吐いた。
(……駄目………こんなんじゃ……全然、駄目…よ……)
足元の草を見下ろし、低く呟く。
いつの間にか、歌うことと舞うこととで精一杯になって、最後の方は、世界を感じるどころではなくなってしまった。
(こんなんじゃ…ない……もっと……もっと……)
言い表す言葉が見つからず、レィミアは首を振った。
瞼の裏に焼きついている、姉の、鮮やかな舞。
百万の言葉をもってしても、あの美しさ、精緻さ、艶やかさを伝えるなど、不可能だ。
ただ、その舞だけが、それらを伝えられる。
唯一無二の、朝陽の舞。
同じ舞を舞って、どうしてこれほどに違うのか…とレィミアは思う。
いつか自分にも、あんな風に舞える日がくるのだろうか? と。
そう思うのは、毎朝のこと。
しかし。
もう、暢気に憧れている場合では無かった。
(そう…。今日、クゥ・リスィア…が、勇者に…告げる……そうすれば……)
戦いが始まるのだ。
世界を賭けた、戦いが。
その事を考えると、レィミアの心は熱くなる。
暗く澱んだ雲が吹き払われ、陽の光が射し初めるような、そんな予感がして。
けれども。
着々と準備が整っていくのを見るにつけ、勇者の快復具合を聞くにつけ、高揚した気分とは裏腹に、重苦しい想いが沸き上がってくる。
それは、不安。
自らの未熟に対する、焦り。
(……私……私は…)
自分は『天の三剣姫』の一翼であり、勇者の剣なのだ。
時に戦いの先頭に立ち、時に勇者を護り、運命を切り開く、剣となること。
それが、己の勤め。
それなのに。
己の技の何と未熟なことか…とレィミアは思う。
勿論、レィミアにだって、自己の技に対する自信はある。
自分以外に『天の三剣姫』の一翼を担えるモノなど居ない…と思ってはいる。
けれど、それは結局、平時の自信。
勇者の剣たるモノに求められる、果たさねばならない責務の前には、そんなささやかな自信など、何の役にも立たない。
朝陽の舞ひとつ満足に踊れない自分が、どうして責務を果たせるというのか?
溜め息。
一体いつになったら、自分は、ちゃんと舞えるようになるのだろう…と、レィミアは呟く。
(姉さま…みたいに……)
そう想い、彼女は首を振った。
(……いいえ…そんなのは無理…。でも、せめて…)
姉の半分でいい、優雅に軽々と力強く鮮やかに、舞えたなら…。
(…姉さま……)
歌も舞も、姉から習ったようなものだった。
稽古を受ける年になるよりも前から、姉が歌うのを聞き、姉が舞うのを見、自分もやってみたい…とねだって教えて貰った。
けれど。
どんなに練習しても、姉には遠く及ばず。
それでも、いつか姉に追い付いて『天の三剣姫』として共に舞うことを目指し、稽古を積み重ねてきたのだ。
そして……
今、レィミアは『天の三剣姫』の一翼となった。
だが、それは姉の代わりで。
姉はと言えば、更に遠くへ行ってしまった。
もう、『姉さま』と、そう呼びかけることすら許されないのだ。
せめて、姉と共に『天の三剣姫』の一翼を担っているのなら。
あるいは、この不安を姉に話すことができたなら。
そして、あの頃のように『大丈夫よ、レィミア』と、そう言って貰えれば……。
そう想い、そこでレィミアは苦笑した。
(……駄目…ね……)
そうだ。
いつだって、自分は、姉に頼ってきた。
どんな些細なことでも、いつも姉に尋ねて。
本当はひとりで出来るのに、最後の一歩が踏み出せなくて、姉に甘えて……
けれど、いつまでもそれではいけない。
これまでの間、姉が、自分を支え護ってくれたように、これからは、この自分が、勇者とそれに従うモノ達を支え、護っていかなくてはならないのだ。
『天の三剣姫』の一翼として。
大きく息を吸い、レィミアは天を仰ぐ。
(…姉さま……)
もう、自分の…自分だけの…姉は、いない。
けれど。
それでも、見守っては貰えるのだ。
ならば、それで十分ではないか?
きゅっと唇を噛む。
そして、レィミアは歩き始めた。




タン…タン…タン…と、小太鼓の軽い音が響く。
それに併せて、各々の手に握られた短棒の先が、空を指し、地を指し、くるりと回る。
男。
女。
少年。
少女。
年齢も性別もバラバラな一団が、一糸乱れぬ…とは到底言えない、いっそ不器用とさえ言える程のぎこちなさで、とにかく、小太鼓の音に併せて体を動かす。
優雅さも激しさも、俊敏ささえも感じられない、極めて頼りなげな動作。
だが、それをするモノ達の表情は、真剣そのもので。
周囲を包む空気は、巫女達や神官達が舞う時と変わらぬ緊迫感をはらんでいた。
いささか緊迫しすぎな程に。

「はいっ、そこまで〜っ!」
凛とした女声が、一同の頭上に響き渡る。
それを合図に張り詰めた空気が消え、溜め息が周囲に溢れた。
手に持った短棒の端を地面に突き、ぜぇぜぇと肩で息をするモノ。そのまま地べたに座り込むモノ。寝転ぶモノ。
それを見回して苦笑し、リヤンナは手を叩いた。
「ほらほらっ、ちゃんと汗を拭いてからになさいっ」
風邪をひくわよ…というリヤンナの言葉に、疲れた声の返答が重なって。
一同は、短棒を引き摺りつつ、散っていった。

「…調子はどう?」
尋ねる声に振り返り、リヤンナは肩をすくめた。
「まだまだ、全然、だめだめだめ…って感じですよ、ラィラ」
でも…と言って笑う。
「とにかく、皆、一生懸命ですから」
暫く前までは、戦うなどという考えすら浮かばなかったモノ達が、とにもかくにも、身を護る為の技を身につけようとしているのだ。それだけでも、驚嘆に値する…とリヤンナは言う。
「それに……」
きゅっと唇を噛み、三々五々散って行くモノ達に視線を向けて、リヤンナは言葉を継いだ。
「それに、こっちとしても、とにかく、自分の身ぐらいは守れるようになって貰わないと困ります。せめて、私達が駆けつけるまでの間ぐらいは……」
何といっても、一族の人数は少ない。戦えるモノの数は、限られているのだ。
だから、共に戦う事を望んだ一族以外のモノ達には、最低限、自分自身を護る程度の技を身につけて貰わなくてはならない。
だが。
一族のモノならば、七つの子供ですら、難なくこなす動きさえもできないモノ達…しかも、大人が大半を占める…を教えるのは、いくら最低限の事だけとはいえ、容易ではない。
はぁ…と溜め息を吐き、重苦しくなった空気を振り払うように、赤茶の髪を掻き上げ、そして、リヤンナは話を変えた。
「ところで、何か御用だったのでは?」
「…あ…あぁ」
そう問われ、ラィラは自分がここにやってきた目的を思い出した。
「レィミアを見なかったか?」
「いいえ。今朝は未だ……」
「そう」
溜め息交じりに頷くラィラを見遣り、リヤンナが言葉を継ぐ。
「どうせ、どっかでメソメソしてるんでしょうよ。『姉さま』とかなんとか言いながら、ね……」
「リヤンナ」
咎めるようなラィラの声音に、リヤンナが軽く肩をすくめる。
「違う…と、お思いになってらっしゃいますか?」
「………いや…」
低く同意を示し、そして、ラィラはリヤンナを見据えた。
「ひとつ尋く。リヤンナ……あなたは、レィミアの技量に不安があるか?」
レィミアが『天の三剣姫』の一翼である事を、不安に思っているのか? というラィラの問いに、リヤンナは即座に首を振った。
「いいえ。レィミアの技量は確かです。他に『天の三剣姫』の一翼を担えるモノなど、居ないでしょう。レィミアの舞は、まるで……」
そこで言葉を切り、リヤンナは息を吐いた。
「…まるで、彼女を見ているようで……。でも、それも当然なのですよね。何しろレィミアは、稽古を受ける歳になるよりも早くから、彼女に教わっていたのですから……」
技量に問題はない…と、リヤンナは言う。
「それは、あなたにもお分かりでしょうに、ラィラ?」
「…まぁ…そうだな……」
目を細めて空を仰ぎ、ラィラは言葉を継いだ。
「それは、解っている。解っているが……」
「レィミアだって解ってるでしょう。それをちゃんと解って、しっかりしてくれなきゃあ、困ります。ズァインだって……」
「リヤンナ!」
「………すみません」
さやさやと鳴る、木の梢。
それを、ふたりの剣姫が共に見上げて。
沈黙。
やがて、ためらいがちにリヤンナが口を開いた。
「……私だって、動揺しましたよ…いえ、今だって動揺してるのかもしれません。ただ、やらなきゃならない事が次々に降って来るから、動揺してる事を忘れてるだけなのかもしれません。彼女の決断は……あまりにも、突然でしたから」
そう言って、リヤンナはラィラを見遣った。
「ラィラ……彼女は……。彼女は、レィミアがまだ幼かった頃から、そのつもりだったんでしょうか? だから、レィミアに……?」
問うような視線。
それへ、ラィラが首を振る。
「それは判らない。考えても…しょうがないだろう。けれど……」
いつか誰かがそうする…と、そう預言されていたのは確かで。
その『いつか』が今で、『誰か』が彼女だった。
彼女が選び、彼女が選ばれた。
そう、ラィラは言う。
「『天の心は広く、地の心は深い』……か」
リヤンナが呟いて。
「そうだな。我等もまた、世界の一部。その総てを窺い知ることは出来なくとも、我等は皆、どこかでつながっている……」
そう言い、ラィラは苦笑した。
「…であるならば、何も案ずることは無いのかもな」
「え?」
「レィミアとて『天の三剣姫』の一翼。彼女が…在り方は変わってしまっても…これまでと同じく、我等と共に在るという事くらい、解っているだろう」
だから、心配する必要など無いのかもしれない…とラィラは笑う。
「そう…ですね……」
「『互いを信じ、成すべき事を成せ』という訳か……なるほど……」
くくく…っと喉元で笑って、ラィラは大きく伸びをした。
「どうやら、私は、自分で問題を作っていたようだな」
『天の三剣姫』の長たる自分に課せられた責任。それに対する不安が、レィミアに対する不安にすり替えられていたのではないだろうか? そう、ラィラは思う。
「『あらゆる問題は、ただ、己のうちに在るのみ』という言葉が、初歩の教訓にありますよ」
復習がてら、たまには、子供達を教える役をやってみたらどうですか? と、からかうように言うリヤンナへ、ラィラは露骨に顔をしかめてみせた。
「頼むから、それだけは勘弁して」
あの突き抜けるような声を聞いてると、どうしても叫び出したくなるんだ…と言うラィラに、リヤンナはケラケラと笑って言った。
「あなたが、子供達と一緒になって叫んでるところ、一度くらいは見てみたいものですね、ラィラ」
でも、一度きりで十分ですけれども、と。




立ち並ぶ木々の枝から陽光が零れ落ち、下草の葉に反射する。
その煌きに目を細めながら、前を歩くリスィアを見遣り、シーアは内心で首を傾げた。
(……目印がある…って様子でも無いのにな……)
リスィアに『あなたを補佐するモノ達を御紹介しましょう』と言われ、天幕を出てから既に10分以上。今、この場所からひとりで戻れ…と言われたら、シーアには辿り着ける自信など、まるで無かった。
それなのにリスィアは、迷う様子も無く、ゆるやかに歩を進めていく。
(どこかに…目印がある…のかな?)
自分には判らないだけで? と、そうシーアが思った瞬間。
まるで、その言葉が聞こえたかのように、リスィアが振り返った。
「これをご覧なさい、シーア」
「…え?」
つと伸ばされた白い指が、頭上に垂れ下がった枝の裏を示す。
「?」
突然の言葉に、何を見れば良いのか分からぬまま、シーアが枝を見上げる。それへ、リスィアは言葉を継いだ。
「…枝の先の方です…もっと右…もう少し右です……」
言われた通りに、シーアが視線を動かして。
「そう、そこです」
「?」
「そこに、紐が結えてあるでしょう?」
眉根を寄せて目を凝らし、そして、シーアは息を飲んだ。
「……あ…っ……」
葉裏の色に良く似た、くすんだ薄緑の紐。
途中に幾つかの結び目が作られている細い紐が、まるで、枝に絡んだ蔦の蔓ように、吹く風に揺れていた。
「一族の目印なんですよ。結び目の位置と数で、この先に何があるのかが判るのです」
「……へ…ぇ……」
シーアが感心したような溜め息を吐く。
そして、問うた。
「…えっと…その…俺も、覚えたほうが…いい……?」
「そうですね…」
くすっとリスィアが笑う。
「……そのうちに、お教えしましょう…」
その言葉に、シーアは大きく頷いた。

(…あ…?)
更に暫く進んだところで、シーアは目を瞬かせた。
(……ヒト…の……声?)
木々のざわめきや鳥達の囀りに混ざって聞こえてくるそれは、確かにヒトの声だった。
男達の呼び交わす声。
女達の楽しげな笑い声。
薪を割る音。
馬の嘶き。
村の喧騒にも似た、ヒトの暮らす場所の音。
それを耳にするのは、ひどく久しぶりで。
(…あぁ……そうか……)
そこで、不意にシーアは納得した。
リスィアの天幕は、常に、静寂の中に在った。
木々の梢を風がそよがせる微かな音や、少し離れた場所にある泉の、水の湧き出る音すら聞こえて。
それは、いっそ現実離れしている…と言える程の、静けさだった。
大勢のヒトが居る筈なのに、何故、こんなに静かなのだろうか? と、不思議に思っていたのだ。
(……それは…リスィアが、天地珠の巫女だから……)
それゆえ、彼女の住まう場所というのは、ある種の『聖域』で、従って、一般のヒト達の住む場所とは離れているのだろう。
(…村外れに祠が建てられるのと、同じなんだ…きっと……)
そんな事を考えながら、シーアは辺りを見回した。

「こちらへ……」
リスィアの言葉に頷いて、小さな茂みをぐるりと回る。
そこに、ひとつの天幕があった。
(……へぇ……)
シーアは、思わず立ち止まって、その天幕をまじまじと見た。
造り自体は、リスィアの天幕と変わらない。
大きさも、こちらの方が多少は大きいものの、大差無い。
けれど。
木々の間に抱かれるようにひっそりと設えられていたリスィアの天幕とは違って、倒木が作ったらしい広場に設えられているこの天幕は、壁面に緑や青や赤で紋様が描かれており、ハッキリとその存在を主張していた。
「どうぞ…シーア?」
入口に垂らされている布を押し上げつつ、リスィアが振り返る。
「あ…あぁ」
ひとつ頷き、そして、シーアは天幕の中に足を踏み入れた。




天幕の中では、6人のヒトが、天地珠の巫女と勇者の訪れを待っていた。
『天の三剣姫』たる3人の巫女と、そして、『地の三賢師』たる3人の神官が。
誰も何も言わず、ただ黙したまま、身動ぎもせず、息をひそめ耳を澄まし、待つ。
と。
ふわり…と風が香った。
続いて、涼やかな声。
「…どうぞ…シーア?」
「あ…あぁ」
緊張をはらんだその応えに、一同は、素早く視線を交わした。
(…この…声が………?)
問うような視線が、深緑の瞳の神官に集まる。
神官は、小さく頷くと、入口の前に置かれた衝立の方を見遣った。
残りの5人が、それに習う。
そして……
衝立の影から、銀絹の髪と銀灰色の瞳を持つ女性が、姿を現した。
その後に続いて現れたのは、未だ少年の風情が残る青年。
やわらかな茶の髪。
強い光を宿した、青の瞳。
その瞳が、まっすぐに見詰めてきて。
気圧されるように、一同は息を飲んだ。
耳鳴りがするような、瞬間。

(……あぁ……)
(………確かに……)
(…確かに、このヒトが……)
(……このヒトこそが…)
(…勇者……)

「…ご紹介しましょう、シーア……」
リスィアの声に、一同は、ハッと我にかえった。
思わず居住まいを正す。
その様子に微かな笑みを浮かべ、リスィアは言葉を継いだ。
「……『天の三剣姫』と『地の三賢師』です」
勇者が頷いて、改めて一同を見回す。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「…シーア・グラツィア…だ」
緊張を含んだ、けれど、明るく伸びやかな、力強い声。
「……俺に…勇者として…何ができるのか…まだ、全然、判らないんだけど……。でも、ヒトを滅びから救う為に、俺に出来る事があるのなら、どんな事でもする。だから……」
そこで息をついて、シーアは言葉を継いだ。
「…だから、一緒に戦わせてくれ……」
一瞬、天幕の中を静寂が包む。
「……勇者シーアよ……」
ゆっくりと口を開いたのは、黒紫の衣を纏った初老の男だった。
「我等は勇者の剣にして盾たるモノ。あなたが現れるのを……お待ちしておりました」




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