朝の陽光に少々まぶし気に目を細めつつ、軽快な足取りで山道を下り行く男がひとり。
戦士風の衣の上から、革の脛当てと小手を付け、ベルトの後ろに左右から一本づつナイフを挿しただけ…といういでたちは、『隠されし刃の一族』の標準的な格好からすると、些か軽装と言える。
もっとも、これから戦いが始まるといったような訳では無く、遠来の珍客達との、おそらく平和的な…そして、多分、運命的な…会見をしようというのだから、物々しい武装は不要だろう。けれど。剣も持たず、武器と言えばナイフが二本だけ…というのは、いつ魔の下僕達が襲撃してくるかもしれず、また、その場合には村を守る為に戦わねばならない立場であるという事を考えれば、やはり、軽装すぎる。
とはいえ、この男の場合、実際に魔の下僕達が来たという時でさえも、今と大差ない…流石に軽い胸当てくらいは着るし、もう何本かナイフを持ったりはするものの…格好で戦いに出てしまうのだが。
圧倒的な身軽さが売りで、それ故この男は、重たい鎧を着ない。
長剣を難なく扱うことの出来る力も技もあるのに、戦いに持って出たことは、ついぞ無い。
おさまりの悪いパサパサの黒髪に、黒い瞳。
猫を思わせるような風貌。
無造作に歩いているように見えるのに、足音ひとつ立てず。
それは、隠されし刃の一族の一番隊を束ねる、隊長のラダトであった。

「…よっ、おつかれサン」
何か変わりは無いか？ というラダトの問いに、村の入口で不寝番を務めていた二人の男は頭を振った。
「いえ、今んトコ何も。もっとも、村の連中ときたら、一晩中ゴソゴソしてましたからね……」
「…変わった夜だったと言やぁ…そりゃあもう、えらく変わった夜だったッスよ」
そう言う男達に、ラダトは苦笑交じりに頷いた。
「…ま、それを言うなら、山の方も似たような状態だったからな……」
結局、誰も彼も落ち着かない夜だったという訳だ…と肩をすくめる。
そこへ、横から緊張した調子の声がかけられた。
「ラダト隊長様…」
「おぅ」
気軽に応え、くるりと振り返る。
そこに立っていたのは、明らかに寝不足の目を朝陽にしょぼつかせた、村の男だった。
「おはようございます、ラダト隊長様。朝早くからのお越し、恐縮です。見張りの御二方も、御疲れ様でございました」
深々と頭を下げる村の男に、ラダトが軽く手を振る。
「気にすんなって…それが俺等の役目なんだからさ……」
「ありがたいことでございます……」
またも頭を下げ、そして、男は言葉を継いだ。
「…それで、村長が…よろしければ御挨拶させて頂きたい…と申しておりますが……」
「あぁ、判った」
そう答えて頷くと、ラダトは見張りの二人へと視線を向けた。
「例の連中の野営地の方へ、斥候を出してる。伝令は、まずこっちに来いって言ってあるから……」
「了解ッス。伝令は、すぐそっちに…でもって、伝令が着いたコトをお頭に…ッスね？」
最後まで言う前に頷く二人に、ラダトがニッと笑う。
「そゆコト、よろしく頼まぁ…」
そして、ひらひらと手を振ると、案内の村男に続いて踵を返した。

前方に見えてきた村の、その入口に立つ６つの人影。
それを見詰め、リヤンナは微かに笑みを浮かべた。
（……どうやら、アタリ…みたいね……）
口の中で呟き、隣を行く巫女に声をかける。
「どう？ あの中に、昨日会ったヒトは、居る？」
「……えぇ…」
視線を前に向けたまま、巫女は頷いて答えた。
「前列の、向かって右側のヒトは、昨日、書状を受け取ってくれたヒトだと思う。それから、その後ろに居る二人も、その時に居たヒトだと思うわ。でも……」
残りの三人は違う…と言い、そして、巫女は言葉を継いだ。
「ねぇ、リヤンナ……前の左側に居るひとりはともかく、その後ろ…門の左右に並んでるヒトって……」
「えぇ…」
リヤンナが頷いて。
「……腰に下げてるの……あれ、剣…よね？」
「そうだと思うわ」
ほんとに居たのね…と、巫女が上擦った声で言うのへ、リヤンナは、やや語気を強めた。
「安心するのは早いわよ。私達と一緒に戦ってくれるかどうかは、まだ、判らないんだから」
何しろ、一度は袂を分かったモノ達なのだ。
「まさか戦いにはならないと思うけど、でも……とにかく、油断しちゃ駄目…」
いいわね？ というリヤンナの言葉に、巫女は、緊張した面持ちで頷いた。

近付いてくる騎馬の一隊を、ラダトはじっと見詰めていた。
馬達が足を緩め、顔が見分けられる程の辺りで止まる。
（……女が三人に、男が二人…か……）
村の男達から聞いた話の通り、女達は簡素な革鎧の上からマントを羽織り、腰には剣を佩いている。その剣は、ラダト達『隠されし刃』の一族が使っているモノよりは、やや短めのものだ。
一方、後方に居る男達の方は、鎧を身に着けてはおらず、武器としては長棒を持っていて。
（……変わった連中だな……）
一隊の面々をざっと観察し、ラダトは内心で呟いた。
と。
先頭の女が、ひらりと馬から舞い降りる。
その、しなやかな身のこなしに、ラダトは僅かに目を細めた。
（…ほぉ……）
いとも無造作な動き。
それなのに、隙が無い。
馬の背から地面に降り立つ、その僅かな間でさえ、手が、瞬時に剣を抜き放てる距離より遠くに離れる事は無く。ふんわりと宙を舞うマントの裾を捌く様など、鮮やかの一語に尽きる。
（……こりゃまた……）
エライのが来たもんだ…と、ラダトはひとりごちた。

馬の首を軽く叩いてその場から動かないように指示し、リヤンナはゆっくりと歩を進めた。
後ろに待たせている四人の仲間と、村の前に立つ六人の男達との中間辺りにまで進んで足を止め、そこで、軽く両手を広げて攻撃の意志が無いことを示す。
それから、ゆるやかに一礼すると、リヤンナは口を開いた。
「私は、リヤンナ・ファルヴェ。天地珠の一族にあって『天の三剣姫』が一翼に任じられしモノ。昨日、私の一族のモノが御渡しした書状は、御読み頂けましたでしょうか？ 御返事を伺いに来たのですが……？」
リヤンナの問いかけに、村男が、隣に立つラダトへと視線を向ける。
心配気なその瞳に小さく頷いてみせ、ラダトは前へと進み出た。

男達のひとり、前列の左側に居たモノが、自分の方へと向かってくる。
その滑らかな足運びに、リヤンナは内心で感嘆の溜め息を吐いた。
（……すごい……）
なるほど剣を帯びていない訳だ…と思う。
あの身のこなしからすると、おそらく、大概の攻撃は、易々と避けられてしまうだろう。そして、剣の間合いの内側に入られてしまったら、ナイフを使うこの男の方が圧倒的に有利だ。
（…間違い無いわ……）
確かに、この山麓にある村々を護ってきたのは、このモノ達なのだ…とリヤンナは思う。
じっと見詰めるリヤンナの視界の中で、男が足を止めた。
どことなく楽しげな表情。
そして、男は口を開いた。
「朝早くっからごくろーさん。生憎と、俺は、ココの村のモノじゃあ無い。けど、あんた等が探してるのは、多分、俺等じゃぁねーかな、と思ってね。…俺は……」
ニッ…と笑って山の方を指し示し、言葉を継ぐ。
「…あの山に住んでる『隠されし刃』の一族のラダトだ……」

青空から降り注ぐ金の陽光。
その下に、かつて同族であったモノが居る。
いつか来る『その時』まで、異なる路を歩む…と言い残して去って行ったと伝えられているモノ達の、その末裔であるモノが。
目の前に立つ、ラダトと名乗る男を見詰め、リヤンナは静かに口を開いた。
「……『吹く風は淀むことなく、流れる水は濁ることなし』……」
ラダトが、僅かに目を細める。
そして、おもむろにその後を続けた。
「…『天の下、地の上、ヒトの内…移り行く世界と共にあってこそ、変わらぬこと叶うモノあり』……」
ラダトが口を閉じ、辺りが静寂に包まれる。
向かい合って立ったまま、言葉も無く、ただ、見詰め合って。
吹き過ぎる風が、リヤンナの纏うマントの裾を、微かにはためかせる。
やがて。
二人はゆっくりと声を揃えた。
「……『故に我等、隠されし刃となりて時を待つ』……」

沈黙。
それを破ったのは、ラダトの方だった。
「……なるほど……」
苦笑しつつ、おさまりの悪い黒髪を掻き、言葉を継ぐ。
「…やっぱアンタ等は、俺等のコトを知ってる…ってぇ訳か……」
何だって知ってるのかは、サッパリなんだけどもな…と言うラダトに、リヤンナが目を瞬かせた。
「……あの…伝承されてない…の……？」
「ん…？ あぁ、生憎と…な。あんた等…えっと、なんだっけ？ …天地珠の一族…だっけか…？ とにかく、俺等の誰も、そんな話、聞いたコト無ぇんだわ」
悪いな…とラダトが笑うのへ、リヤンナは困惑気味に頷いた。
「…そうですか……」
勿論、そういうケースも、想定はしていた。けれど、そうでは無いことを祈っていたのだ。
（…どうしよう……困っちゃったなぁ……）
今この場で説明するべきだろうか？ とリヤンナが悩む。
その様子に軽く肩をすくめ、ラダトは言葉を続けた。
「…ま、何でアンタ等が俺等のコトを知ってるか…ってのは、この際、どうでもいいんだわ。そりゃ勿論、気になりはするさ。ケド、今すぐ説明してくんなくってもいい。勿論、アンタ等がそれを説明したい…ってんなら、聞かせて貰うケドもな……」
そこで一旦言葉を切り、ラダトはひとつ息をついた。
「…とにかく、昨日、アンタ等がよこした要望への返事だ。ココの村長に『勇者』と『天地珠の巫女』が会えるよう取り計らって欲しい…ってのが、アンタ等の要望だったよな？」
「えぇ……」
「ウチの頭領が、会う。それで良い…ってんなら、その『勇者』と『天地珠の巫女』ってのと、あとニ人か三人っくらいで、山の方へ来てくれ」

見る間に遠ざかっていく騎馬の一隊を、ラダトがじっと見送る。
そこへ、村の入口で見張り役を務めていた男達のひとりが声をかけた。
「…ホントに、剣…持ってたッスねぇ……しかも……」
「ああ…」
と、ラダトが頷いて。
「…ありゃあ、結構な腕前だろーなぁ……」
「でしょーね……。手合わせは、ちょっとカンベンして欲しい…ってカンジっすよ……」
男が溜め息を吐き、そして、気を取り直したように言葉を継いだ。
「……けど…すっげーカワイイ娘でしたねぇ〜…」
それへ、ラダトが肩をすくめる。
「…そっかぁ？ 俺は、もーちょっと色っぽい方が、好みなんだケドな。『カワイイ』ってウチは、まだまだガキよ…やっぱ『美人』って言葉が似合うようじゃなけりゃーなぁ……」
そう言うラダトに、男は苦笑した。
「…『ちょっとキツ目の美人が良い』ッスか？」
「そ。おしとやか系…ってのも悪かぁ無ぇケドもな……」
「……そーゆーモンっすかねぇ……」
ヒトの好みはそれぞれですがねぇ…と、男が答える。
それへ、ラダトがニッと笑って。
「斥候連中の報告じゃあ、結構な人数って話だからな……。楽しみじゃねぇか。そんだけ居れば、ひとりっくらい、俺好みの美人が居るさ。ま、さっきの娘はお前に任せるからよ…」
「そんなの、任せられたって困るッスよ……」
苦笑しながら答える男の肩を、ラダトが軽く叩く。
「とりあえず、俺はお頭のトコへ報告に行く。何かあったら…」
「すぐに伝令を…ッスね」
「そゆこと」
よろしくな…と答えて踵を返すと、ラダトは軽快な足取りで山へと向かった。

リヤンナの報告が一通り終わったところで、天幕の中に沈黙が落ちた。
三賢師と三剣姫、そして、勇者と天地珠の巫女が、それぞれに考えを巡らせる。
暫しの沈黙。
やがて、ルドラがゆっくりと呟いた。
「……そう…か……」
伝承されていなかったか…という言葉に、リヤンナが頷いて。
「…どうしましょう……？」
「………さて…。どうしたものか……」
全く伝承されていないとなれば、とにもかくにも説明をしなくてはならないだろう。けれど、一体、どこから始めれば良いものやら…とルドラが溜息を吐く。
その後をダナスが継いだ。
「『伝承されていない』といっても、それは一体どの程度なのか…という問題もあるでしょう。我等の一族の事が伝承されていない…というだけなのか、それとも、自分達が天地珠に仕えるモノであったことすら伝承されていないのか」
最後の天地珠の巫女と勇者についての預言が伝承されているか否かによっても、話は色々と違ってくるだろう…とダナスが言う。
そこへ、ラィラが口を挟んだ。
「それもあるが、我等が彼等と袂を分かった経緯については、何と説明する？」
何しろ経緯が経緯だけに、うかつな説明をするのも憚られる。
「…でも、だからといって黙っている…という訳にも…いかないじゃないですか……？」
生真面目な口調でそう言うレィミアを見遣り、リヤンナが意地悪気な笑みを浮かべてみせた。
「でもねぇ、レィミア。この際だから、いっそ、黙っちゃっとく…ってのも、手かもしれないわよ〜」
「…リヤンナっ！」
咎めるようなレィミアの口調に、リヤンナがクスクスと笑う。
「冗談よ、冗談……でも……」
かの『滅びの日』から今に至るまでのすべてを説明し、その上で、共に戦ってくれるように話をつけるというのは、果てしなく時間のかかる作業で。
しかも、ヒトが『魔』に戦いを挑もうと言うのだ。
今の世界の常識からすれば、無謀どころの話ではない。
預言が伝承されているならばともかく、そうでないのであれば、いかに説明したところで、果たしてまともに取り合って貰えるものかどうか。
その上、一度は袂を分かった…という経緯までもある。
「…さて……どうしたものか……」
溜息を吐きつつ、ルドラは呟いた。

あれこれと言い合う三賢師と三剣姫達を、シーアは、やや困惑した瞳で眺めていた。
どうにも話が判らない。
勿論、自分は事情を…天地珠の一族に伝わる伝承や預言、様々な知識などを含めた、一族のモノであれば常識として知っている諸々の事を…知らない訳で、それ故に、話が理解できないのだろうと思う。
よく判っていないモノが中途半端に口を挟むのは、良くないだろうと思う。
けれども。
一体、何が問題なのか？
彼等『隠されし刃の一族』のモノ達が、預言を伝承していないことが、何故、そこまで問題なのか？
それが、シーアにはよく判らなかった。
（……どうして…なんだ？）
隣に座るリスィアを見遣る。
リスィアは、黙ったまま一同を見ていた。
その横顔には困惑の影もなく、銀灰色の瞳は、ただ、静かで。
（…リスィア……）
心の中で、そっと呼びかける。
すると、まるでそれが聞こえたかのように、リスィアがシーアを見た。

問うようなシーアの視線を、リスィアが黙って受けとめる。
柔らかな眼差し。
銀灰色の瞳に映る、青い瞳。
暫し、それを見詰めて。
そして、シーアは意を決した。
小さく頷いて、一同の方に向き直る。
深呼吸をひとつ。
シーアは口を開いた。

「あの……。あの…さ…」
ちょっといいかな？ というシーアの言葉に、一同が口を閉じる。
六対の瞳が、一斉にシーアに向けられて。
その、不思議そうな視線に苦笑しつつ、シーアは言葉を継いだ。
「えーっと…さ。俺にはよく判らないんだけど、その、彼等が君達の一族のこととか、天地珠の巫女の預言とか、そういった事を伝承してない…ってのは、そんなに困ったこと…なのかい？」
「え…？」
一同が、虚を衝かれたように目を瞬かせる。
「あの…さ。俺は、君達の一族のことも、預言のことも、何も、知らなかった。それでも、世界をヒトの手に取り戻したいと…そう思っていた」
魔に脅えずに済む世界。
ヒトがヒトを狩ることの無い世界。
そんな世界だったらどんなに良いだろうと思い、いつかきっと、そうなる筈だと、そうしてみせると…理由も無く、そう信じていた。
「俺は、預言なんて知らなかった。でも、そう信じていたんだ」
だから…と、シーアは言葉を継ぐ。
「たとえ彼等が預言を伝承していなくても、そんなことは、関係無いんじゃないのか？ 大切なのは、そういう事じゃなくて、俺と…俺達と…同じように、世界をヒトの手に取り戻したいと願っているのかどうか…なんじゃないのかな？」
そこで言葉を切り、シーアはリスィアを見遣った。
「…リスィア。君は…天地珠の巫女は…この世界に生きる総てのモノの心を…想いを…感じられるんだろ？ あの山に居るモノ達の想いも……？」
どうなんだ？ というシーアの言葉に、リスィアが緩やかに頭を垂れる。
「はい、シーア…」
瞳を上げて、まっすぐに勇者を見詰め返し、天地珠の巫女は応えた。
「…あの山に居るモノ達は、何かを…ヒトを…護りたいと、そう願っています。ヒトでありながらヒトを狩る魔の下僕達に憤り、それらのモノ達の襲撃から麓の村を護りたいと想い、そして、そう行動してきた。あなたと…同じように……」
リスィアの言葉に、シーアが頷く。
そして、一同に向き直ると、シーアはきっぱりと言った。
「だったら、何も問題は無い…と俺は思う。彼等が伝承を知っていても、知らなくても…そんな事は重要じゃないだろう？」
彼等は、自分達と同じ事を願っている。
その願いを現実のものにする為に、戦ってきている。
重要なのは、それだけだ。
「彼等は、俺と…それから、天地珠の巫女であるリスィアに会おう…って、そう返事してくれたんだろ？ だったら、ここでゴチャゴチャ言ってる場合じゃないんじゃないのか？ 行って、彼等に会って、俺達が何をしたいのかを伝えて、一緒に戦おう…って、戦って欲しいって…とにかく、そう言ってみればいいんじゃないのか？」
ひとりひとりを、まるで睨み据えるように見詰めながら語るシーアに、三賢師と三剣姫は言葉も無かった。
天幕の中に沈黙がおりる。
暫しの静寂の後に口を開いたのは、ズァインだった。
「……リヤンナによれば、勇者と天地珠の巫女と、あと、二人か三人…という事でしたから、そのうちの一人は、私にして頂けませんでしょうか？」
「…ズァイン…？」
目を瞬かせるシーアをチラリと見遣り、ズァインは澄ました顔で言葉を継いだ。
「山には、平地と異なる動植物などが居るものです。中には、毒を持ったモノなども居りましょう。勇者シーアは、モノをご存知無い上に、些か迂闊なお方です。うっかり、そういったモノに触れてしまわれない…とも限りません」
そうでなくても、樹の根につまずいたり、岩場で足を滑らしたりして怪我をするかもしれない…とズァインは言う。
「何しろ、少々ぼーっとしたところがおありの上、きちんとした鍛錬を積んでおられる訳でも無いのですから。それ故、そういった諸々の場合に備え、私が同行させて頂くべきかと思います」
「……ズァイン……」
丁寧な口調で散々な事を言ってのけるズァインに、シーアが絶句する。
それへ、リヤンナが笑いを噛み殺しつつ口を開いた。
「た…確かに、ズァインの言う通りだわ……。勇者シーアに万一のことがあったら、大変ですものね……」
そう言って大きく頷き、言葉を続ける。
「では、あとの二人は、私とレィミアに御申しつけを。獣からでもヒトからでも、私達ならば、必ず、御守り致します……」
「…わかった…じゃあ……」
と、シーアが言いかけたところへ、不意にダナスが言葉を発した。
「いや…レィミアには、この場に残って貰いたい…」
「ダナス？」
何故？ とリヤンナが問う。
それをチラリと見、ダナスは言葉を続けた。
「未だ、確かな事は判っていないが、昨夕、最後に戻ってきた斥候隊から、気になる報告を受けているのだ」
「気になる…報告……？」
問い返すシーアへ、ダナスが軽く頭を下げて。
「はい。西の方角に、こちらへ向かってくる一団が居るようだ…と」
夕陽の中に、幾つか動く影を見たような気がする。どうもヒトのように思えたが、定かではない。そう、斥候のモノが報告してきたのだ…とダナスは言った。
「とりあえず、今朝早くに、そちらへ斥候を放ってあります。そのモノ達が戻れば、もう少し、詳しいことが判るでしょう」
だが…と、ダナスがシーアを見る。
「この近辺でみつかっている戦いの跡…その位置や、残された様子など…から推測するに、どうも、ここに襲撃をしかけてくる魔の下僕達は、常に、西から来ているように思われるのです……」
「…西…から……」
沈黙。
それをシーアが破る。
「判った…。だったら、尚更、急がなけりゃならない。そうだろ？」
強い瞳に、一同が深く頷き返して。
「俺と、リスィア…それから、ズァインとリヤンナで、彼等の頭領に会いに行ってくる。斥候隊からの報告で、何か判ったら……」
そこで言葉を切り、シーアはダナスを見遣った。
「…えーっと…どうすればいいか、俺にはよく判らないから、それはダナスに任せる。それで……もし、斥候隊が見たのが、本当に、魔の下僕達だったのなら……」
シーアがラィラとレィミアを見る。
一瞬の躊躇。
迷いを振り切るように、ひとつ息をつき、そして、シーアは言葉を継いだ。
「…その場合には、頼む。村のヒト達を…護ってくれ」
「承知」
「お任せを、勇者シーア」
間髪入れずに応える二人に頷き、シーアはルドラへと視線を向けた。
「……大丈夫。彼等はきっと、一緒に戦う…って、そう言ってくれるさ……」
きっぱりと言うシーアを見つめ、ゆっくりと、ルドラが頷く。
「……どうか、お気をつけて……」
「あぁ。……行こう、リスィア。ズァイン、リヤンナ……」
そう言ってシーアが立ち上がると、三人もその後に続いた。