Ａｃｔ．７ 交錯する想い −コウサクスルオモイ−
SIDE A 友としてできること −トモトシテデキルコト−
位置不明 Neo Black Ghost本部 → GO TO SIDE A
SIDE B 真実はどこに？ −シンジツハドコニ？−
ウラル山脈ナロドナヤ山中 ライの研究所
「……つまり、００１の能力をもってしても、そして、それに加えてライの助力があっても、００９とのコンタクトは出来なかったという訳だ」
そう言い、００４は言葉を切った。
会議室には００１から００８までの００ナンバーサイボーグ一同と、ディグ、ギルモア、ライ、そしてカティサックの合計１２人がいる。それら一同を見回し、００４は言葉を継いだ。
「……従って、我々は別の手段を考えなけりゃならん。で、だ。誰か何か意見はないか？」
暫しの沈黙。そしてまず、００７が口火を切った。
「ここのコンピュータには、本部の位置に関するデータはないのか？」
００４がライを見る。ライは即座に答えた。
「ない」
「………」
あっさりとした答えに、００７が鼻白む。それへ、００６が口を挟んだ。
「ワテも、どっかに何かデータないか思て、チアフルはんと調べてみたアルけど、ほんとに、なーにもなかったアルヨ」
「…そっか……」
００７が肩をすくめる。
暫しの沈黙の後、００８がふと言った。
「対ＥＳＰシールドを無効化することは、できないのか？」
ライがカティサックを見る。カティサックがゆっくりと首を振った。
「今のところ、無効化には成功していません。理論上は、シールドに許容量以上の負荷をかければ、無効化できる筈なのですが、００１のＥＳＰでも過負荷にならないのならば、事実上、不可能と言えるでしょう」
「そ…っか……」
００８がため息をつく。
「じゃぁ……誰か、本部の位置を知ってる奴をとっ捕まえるってのはどうだ？」
００７が再び言う。が、これもまたあっさりとライに却下されてしまった。
「本部の位置は、クワイト以外、誰も知らん。本部に居る者ですら、自分が何処に居るか知らんのだ。誰を捕まえようと、無駄だ」
「………」
「んじゃ、テキさんおびき出してやっつけて、逃げるトコを追いかけるんはどうアル？」
「そもそも、本部の近くに行かなけば、本部から出撃してきた連中に遭遇することは無いだろう。それに、位置を知られたくないのに、本部から出撃をさせるとは思えんな」
００６の発案に、ライが肩をすくめて答える。
一同は、はぁ、とため息をついた。
「くっそー！ こうしてる間にもジョーは……！」
００２が低く叫ぶ。
そして、沈黙。
不意にライが顔をあげた。００８を見る。
「それだ！」
「え？」
全員がライに注目する。
「何が、だ？」
００２が問う。００８を見たまま、ライはゆっくりと答えた。
「……今、００８が思った事だが…『対ＥＳＰシールドが張られている場所は、００１にはどう見えるのか』だ。どう見えるか、と言うと……」
ライが言葉を切り、００１が後を続ける。
「…シロ ク ミエル。チョウド ヒカリ ガ カガミ ニ アタッテ ハンシャシテイルヨウニ……」
００１が黙り、ライが言葉を継ぐ。
「こういう場所は、一つではない。無論、自然現象の場合もあるだろう。だが……」
「だが、そういった場所をリストアップして、片端から調べていけば、いつかは必ずあたる、って訳か？」
００２がライの台詞をひったくる。それへ、ライは頷いた。
「確かに時間はかかる。だが、一番確実な方法だろう」
「ハインリヒ！」
００２が、そして残りの全員が、００４を見る。
暫し無言で腕を組んでいた００４が、００１に問うた。
「イワン、他に何か方法は？」
「ナイ ト オモウ」
「……対ＥＳＰシールドの張られている場所すべてをリストアップするのに、どのくらいかかる？」
「サア……デモ ボク ハ アト ３カ デ ヨル ノ ジカン ニ ナッテ シマウ ヨ。タブン らい ダケ デ ハ ミツケラレナイ……」
「３日、か……」
００４が、一瞬、眉根を寄せる。そして、一同を見渡し、決定を告げた。
「まず、３日で出来るだけのリストをつくる。イワン、フランソワーズ、ジェロニモ、ピュンマ、それにライと俺がドルフィン号で出る。他の者はここに残って、研究所の守備をしていてくれ」
「判った」
００２が答え、他の者が頷く。
「よし、行くぞ」
００４が立ち上がり、一同もそれにならった。
☆
夜。
オホーツク海の底に停止し、ドルフィン号は束の間の休息をとっている。そのコクピットの操縦席に座り、００４は窓の外に広がる海中の風景を眺めていた。
（…ジョー……）
ドルフィン号のこの席は、００９の為の席であった。いつでも、どんな時でも、００９はここに座り、その腕でドルフィン号を飛ばせた。海中、空中、そして宇宙。どんな場所でも００９は自在にドルフィン号を操った。その操縦に、全員が命拾いをした事も、一度や二度ではない。００９はこの席に座り、常に前を見つめながら、愁いを秘めた瞳で思い惑い、そして、決定を下してきた。
（……甘い奴だと……その甘さがもどかしくて、時には腹を立てたりもしたもんだが……）
そして、００４は自嘲気味に笑った。
（今になって、ジョーの奴の凄さが判ったぜ……）
今の自分の何と情けないことか。たった一つの決定をすら、自信を持って下せず、決定を下した後も、くよくよと迷い続け……。自分の判断ひとつに、００９のみならず、ギルモアやディグを含む仲間達全員の命運がかかっているかと思うと、満足に眠る事すらできない。
一体どうやって、００９はこの重責に耐えて来たのだろうか、と思う。サイボーグにされてからの年月。平和な日々も存在したが、その大部分は戦いの毎日だ。その間ずっと、００９は一同のリーダーを勤めてきた。ごく自然に。
そう、ごく自然に、なのだ。００９は一度たりとも、自分がリーダーであると主張した事はなかった。しかし、００９は紛れもなく指導者であり、その責務を放棄したことは一度も無かった。
（……考えてみれば……）
と００４は想う。初めて会った時の００９は、まだ二十歳にも満たない少年だった。あれから一体、どれくらいの時間が過ぎたのか？
そもそも、人間とは過去を振り返る事で時の流れを意識するものではないだろうか？ 変化を確認することで、過去を思い返し、時の流れを意識する。変わった自分。変わった他人。そして、自らを取り巻く環境の変化。それらは過去へ想いを馳せるキッカケにもなり、『今』が『今』であって『過去』とは違う事を、好むと好まざるとに関わらず、意識させるのだ。
外見的な変化をしないサイボーグである事は、そういった『過去』へのキッカケを奪われるという事でもある。変わらない自分。変わらない仲間。そして……変わらない、戦いの日々。過去を振り返る余裕すら無い。
だからなのか、つい忘れがちだったけれど、００９は最早、少年では無い筈だった。
（……どう少なく見積もっても、昔…アイツに初めて会った頃の俺と…同じくらいには……なってる筈だ…よな……）
東洋系の血が入っている為か、元々、００９には幼い印象があった。そして、あの性格が、００９をますます幼い子供…大人の世界を知らない初心な子供として、００４に感じさせていた。甘い奴だと。世の中そんなものではないと。怒りと憤りを抱いた事も、一度や二度ではない。
（けど……）
００４は自嘲気味な笑みを浮かべた。
（……子供が、いつまでも子供のままでいる訳…ないだろ？）
ましてや、あの戦いの日々の中で。
いつの頃からなのかは解らない。だが、いつの間にか、００９は全員の命を背負っていたのだ。無論、総てではない。総て背負えるほど、他人の命は軽くない。けれど。ほんの少し、まるで薄いベールで包むように、００９は自分達を包み込み、守っていたのだ。敵意に満ちた外界から、敵から、そして、それぞれ自身の心から。
００９が悩み、惑い、決断する事で、他のメンバーは自らの内なる迷いから、ほんの少しだけ、開放されていたのだ。誰一人として、この自分さえも、今の今迄その事に気付いてすらいなかったが。
だが。００９がいなくなり、その不可視のベールが取り払われた今、００４はその事を痛感していた。
自分がいかに甘かったのか、を。
（……俺としたことが……まったく……）
苦笑。
００９はいつだって、迷い、惑い、自分や００１やギルモアや…仲間達に背中を押されて、それでやっと決断を下していた。けれど。考えてみれば、どんなに迷おうとも、結局、最後の決断を下すのは００９だった。
決断を下し、生死を分かつ決定的な道へと踏み出す、その最初の一歩は、常に００９が記してきた。そして。振り返って、言うのだ。『行こう、みんな』と。
その言葉が、どれほど心の負担を減らしてくれていたか。今やっと、それが判る。
００９がいなくなった今、その役は、００４に回ってきていた。
（………くそっ……）
一人なら、いい。己自身の判断と力量で、生きも死にもする。どんなに困難な決断であろうが、それでも自分一人の事だ。後悔するもしないも、総ては己次第だ。
これが、守るべき相手が居るとなると、決断は難しくなる。己の判断が、相手の生死を左右するとなれば尚更。
（俺は……）
一度、それで失敗をしている。最も守りたかった相手を死なせている。あれが、避けようのない事態であったのかどうか。他の方法が無かったのかどうか。それは、今も、００４には判らなかった。
だが。
それでも。
自分一人で誰かを守るのなら、まだいい。
『仲間と共に何かを守る』事。それは、自分一人で何かを守るのに比べ、遥かにやっかいな状況だった。
共に戦う仲間。その仲間がいれば、一人では守り切れないものも守る事ができ、一人では到底敵わぬ相手に太刀打ちする事もできる。
支えあう仲間。戦いにおいて、それは物理的な助力のみならず、精神的な助力にもなり得る。その存在は、たった一人で敵と向かい合う恐怖から、自分を守ってくれる。
しかし。
ギリギリの死線で戦うとき、この仲間の存在こそが、限りなくやっかいなものになる瞬間がある。そのときが来るかどうかは判らない。だが、可能性は常にある。共に戦い、共通の何かを守るという事は、ひどく危険な事なのだ。
（それは……）
必要ならば仲間を殺すという事だ。仲間全員の無事と、守るべきモノの無事とを、秤にかけなければならない、そんな時が来る危険をはらんでいるという事だ。仲間の誰かを犠牲にして、目的を果たさなくてはならない時が、来るかもしれないという事だ。
全員であたらなくてはならない敵と戦うという事は、そういう事なのだ。
勿論、その事は、誰もが承知している筈だった。自分の命と守るべきモノと、そのどちらかを選べと言われれば、全員が全員、守るべきモノを取るだろう。己の命で贖えるのであれば、安いものだと……。
けれど。それは問題の半分に過ぎない。
ある意味、死ぬ方は簡単だ。まして、仲間がいて後を託せるとなれば。
問題は、生き残る方だ。
（……生き残る者は…そいつを死なせる決断を…しなくてはならない……）
それが、問題だった。
必要な事だと判っていても。それ以外の方法が無いと判っていても。本人の決断だと判っていても。それでも、仲間を犠牲にする決断を下せるのか？
（……できない……俺には……）
今まで、そんな事を考えた事もなかった。むしろ『そういう時』には、死ぬのが自分の役回りだと。決断は００９が下してくれると。そうやって道を開きさえすれば、後は００９がどうにかしてくれると。あるいは００１が。そう想っていた。
（…最後の一人までも戦う…か）
けれど、自分がその『最後の一人』になるなどとは、考えた事も無かった。そう。最後の一人はいつも。
（……ジョー…お前だと…思ってたぜ……）
思えばそれは残酷な事だ。自分を死なせる決断をする事を、暗に迫っているのだから。
だが。自分は、そして多分、全員が、無意識のうちにそれを００９に求め……そして、００９はその事を受け入れていたように思う。それこそが、００９と共に戦う『安心感』だったのかもしれない。
（…かなわんな、お前さんには……）
小さくため息をつく。
（お前でなけりゃ…駄目なんだ……）
自分には出来ない。そんな事はできない。
（………無事でいてくれ……）
切実に願う。
（俺達には…お前が……必要なんだ……）
そして、００４は立ち上がった。少しでも眠って、体力を貯えておかねばな
らない。少なくとも皆の前では、ふてぶてしく振舞えるように。
☆
結局、ユーラシア大陸の半分も調査しないうちに、００１は眠りの時間に入ってしまった。リストアップされた場所は、５箇所。
例によって会議室に、一同は集っていた。
「どうする？ ハインリヒ……？」
００２の問いに、一同が００４に注目する。
「とりあえず、この５箇所を回ってみるか？」
「それとも、イワン起きるまで待つアル？」
００７と００６が交互に尋ねる。
しかし、００４は無表情なまま考え込んでいる。
沈黙が続く。
「……００１が眠っている間を無為に過ごすのは、時間の無駄だろう。とりあえず、判った場所のチェックをしてみないか？ 運がよけりゃぁ、その中に本部があるかもしれないし……」
ディグがそう言い、００４を見た。それへ００２が迎合する。
「そうしようぜ、ハインリヒ。それに……早くしないと、ジョーが……！」
「……もう、１０日になるわ……」
００３がポツリと呟く。全員が、沈黙した。
「…１０日……」
誰かが、低く呻く。
もしかして、もう、００９は殺されているのではないか。一同の胸中を、冷たい風が吹き抜ける。そこへ、ライが口を挟んだ。
「いや、００９が殺される事はないだろう。おそらくな」
「……何故、そう言い切れる？」
００２が押し殺した声で問う。
「本部にはクワイトがいる。００９の捕獲命令を出したのが誰であるにしろ、００９を捕らえたというニュースは、いずれ、クワイトに耳に入る。そうすれば恐らく、クワイトは００９を欲しがる。自分のおもちゃにする為に……」
「…おもちゃ…に…？」
「…そうだ。前にも言ったが、奴には他人の苦しみを楽しむ性癖がある。長く楽しむ為には、強い精神の持主が必要だ。そういった精神を持つ者は少ない。００９はその数少ないひとりだ。クワイトは、きっと欲しがる。そして、本部にはクワイトに逆らえる者はいない」
「……」
「……クワイトが００９を手に入れれば、そう簡単に殺しはしないだろう。何しろ、滅多に手に入らない、最高級のおもちゃな訳だから…な……」
☆
会議室には、カティサックを始めとして、チアフルやエレス、ゴイド等、ライの部下達の中で、動ける者総てが集められていた。
扉を開けて、００４と００２が入ってくる。
と、微かにざわついていた室内が、しん、となった。
一同をゆっくりと見回し、００４が口を開く。
「ここに集まって貰ったのは、あんた達の今後の身の振り方について協議するためだ」
ちょっと言葉を切る。だが、誰も何も言わない。固唾を飲んで、００４の次の台詞を待っている。
「……率直に言って、俺達には、あんた達を守るだけの余力は無い。仲間の一人は敵に掴まっているし、俺達がこの研究所に居る事も敵には知られている筈だ。当面はこの研究所を拠点にするつもりではあるが、状況次第では、即刻ここを放棄する可能性もある。また、Neo Black Ghost 本部の位置が判明すれば、全員で出撃する事になるだろう。その場合、あんた達を連れて行く訳には行かない。かといって、ここに残していって、万一攻撃されれば、あんた達には対抗手段はないだろう。おそらく、死ぬ事になる。だから、今のうちに、全員を希望する場所に送る。一人一人別々な場所に送り届けることは無理だが、２〜３箇所に分けて送ることは可能だ。それを何処にするかを、協議して貰いたい」
そう言って、００４は口を閉じた。
科学者達が視線を交わしあう。やがて視線は一人の人間に集まった。黒髪に黒い瞳の東洋人に。
一同の視線を見返し、小さく頷くと、カティサックは００４に問うた。
「００４、ライは…どうする、と？」
「俺達にはライの協力が必要だ。従って、ライは俺達と行動を共にする」
００４が無表情に答え、００２がそれを補足する。
「ライは、自分の意志で、俺達に協力してくれるんだ。俺達が強制した訳じゃない。で。そのライが、あんた等を望む場所に送り届けてくれと……」
再び、視線が交わされる。ひとりひとりの目を、カティサックが見つめる。全員がカティサックに頷き返した。
最後に今一度、全員を見回し、そして、カティサックは００４を見返した。
「では、我々もここに残ります」
「…な……？」
００２が息を飲む。
「我々が、これまでライに従ってきたのは、己の身の安全の為ではありません。いつの日にか、Neo Black Ghost を倒すためです。戦うためです。……確かに我々は非力です。銃を取って、あなた方と共に戦う事はできません。しかし……我々の中には兵器の専門家もいます。例えば、この研究所の防護システムを強化するくらいならば、できます。医療スタッフも居ますから、あなたがたをサポートする事は、十分に可能だと思います。それに……」
軽く首を傾け、カティサックは言葉を続けた。
「状況次第では放棄するとしても、当面の拠点とするのであれば、サポートスタッフがいた方が何かと便利ではありませんか？ 無論、守ってくれとは言いません。必要ならば、我々を置いて出撃して下さって構いません。ここは我々の研究所です。敵からの襲撃には、自分達で対処します」
「死ぬかもしれないんだぞっ？」
００２が叫ぶように言う。それへ、カティサックは微笑んだ。
「人間誰しも、いつかは死にます」
そう答え、００４を見る。
「…ここに居させてはいただけませんか？ ００４……？」
全員が、００４に注目した。
「……………いいだろう…」
長い沈黙の後、００４はそう言った。
☆
その夜。
なかなか寝つけずに起き出してきてしまった００４は、薄暗いラウンジの隅で、ひとりグラスを傾けるライを見つけた。
（？）
入口に背を向け、窓の外の闇を眺めているらしいライを不審気に見る。そして、００４はラウンジの中に歩を進めた。
「何をしている？」
真後ろに立って声を掛けても、ライは驚きもしなかった。平然と答える。
「見て判らんか？ 酒を飲んでいるんだ」
当り前と言えば当り前の返答に、００４がムッとする。
「……何もこんな所で飲まなくてもいいだろう。だいたい、今何時だと思ってる。あんたにゃ当直も無いだろう？ 何故、さっさと寝ない？」
００４に背を向けたまま、ライが僅かに苦笑する。
ライは待っていたのだ。寝つけないでいる００４が、ここへ来るのを。
「そういうお前さんはどうなんだ？ 何故、さっさと眠らない？」
何気ない調子で、ライが言う。だが、００４には返す言葉がなかった。
００４にとって気まずい沈黙が辺りを覆う。
と、ライがゆっくりと振り返った。
「つきあわないか？ ひとりで飲むにも、少々飽きた」
そう言うと００４の返事を待たず、空のグラスに氷を入れ、ウイスキーを注ぐ。そしてライは、自分の向かい側にグラスを置いた。成り行き上、００４がライの向かい側の席に座る。それを視界の片隅に見つつ、ライは自分のグラスにウイスキーを足した。
００４がグラスに手を伸ばす。とりあえずそれを放っておいて、ライは再び窓の外に広がる闇に目を向けた。
カラン……
溶けた氷がバランスを崩して琥珀色の液体の中に滑べり落ち、軽い音を立てる。
「００４……」
闇を見つめながら、ライは口を開いた。
「……お前は俺を疑っている。いや、嫌っているのか……。ともかく。お前は俺の言葉を信じようとしない。しかし、これだけは信じて貰いたい。００９は生きている。絶対に、だ」
「……」
００４は無言のままライを見据えた。
「それで……恐らく００９が生きているという事が、お前達にとって、まずい結果を招く事になると思う。だから、心しておいて欲しい」
「…どういう…事だ？」
００４が眉をひそめる。
「裏切りだ」
「え？」
虚を突かれて絶句する００４をゆっくりと向き直り、ライはもう一度言った。
「裏切り、だ。００９の」
「……な…なんだと…？」
一瞬の驚きが過ぎ去り、怒りがこみ上げてくる。００４はキッとライを睨み据えた。
「……ジョーが…裏切る、だと！」
殺気を込めた瞳。ライが静かに言う。
「落ち着け」
「…これが、落ち着いてられるかっ！ 一体、何を根拠にそんな事を言うっ？」
事と次第によっちゃあ、ブチ殺す！ とでも言た気に、００４が殺気をみなぎらせて立ち上がる。それを恐れ気も無く見返し、ライは淡々と言った。
「落ち着け。熱くなるな。感情に流されて熱くなる連中を抑えるのが、お前の役どころじゃあなかったのか？ 常に沈着冷静、情に流される事の無い男。それがお前じゃなかったのか？」
「……」
ライのアイスブルーの瞳が、００４の怒りを込めた視線を真っ向から受け止める。
やがて。００４は、椅子に深々と座り直し、そして、大きく息を吐いた。
「説明しろ。何故、ジョーが裏切ると思うのか。何故、そんな事を俺に言うのか」
ライは頷きつつ、内心でため息をついた。
（……００９…お前の凄さが、よく、判る…。００４の苛烈なまでの冷たさも、００２の無謀なまでの真摯さも何もかも、お前というリーダーがいればこそ、なんだろうな。恐らく、単独で、自分一人であれば、００４とてもっと自分らしく振舞えるのだろう。だが。集団の中では駄目だ。集団の中で、自分以外の人間の命までも賭けて戦う事は、００４にはできない。いや、００４だけでなく、他のメンバーにも。恐らくは……００１でさえ）
ライは溜め息を吐いた。
（だが、今回はやって貰わなけりゃならないんだぞ、００４。恐らく００９は、もう……）
「……奴がどんな手段を使うかは、俺には判らん。だが、決して００９を殺さないだろう。どんなに意志強固な者であろうと、永遠に苦痛に耐え続ける事はできない。そういった場合の選択は、二つに一つだ。死ぬか、屈伏するか、だ。死…という道が塞がれれば、残りはひとつだ」
沈黙。
「…こんな事を何故、お前に言うか、だがな、００４。今まで自分達のリーダーを勤めていた者がいなくなっただけで、これだけ皆が動揺してるんだ。そいつが裏切ったと判ったらどうなると思う？」
「……」
「誰かが事態を収拾しない訳にはいかないだろう。そうしなければ、００ナンバーはバラバラになってしまい、結局、遅かれ早かれ全員が Neo Black Ghost の手に落ちる事になるだろう」
畳み掛けるように、ライは言葉を続ける。
「ここで問題になるのは、じゃあ誰がそれをするか、だ。００９の裏切という事態に直面した時、残りのメンバーを取りまとめ、戦いの先頭に立つべきは、誰か？」
そこで言葉を切り、ライはグラスに口をつけて一口飲んだ。
再び沈黙。
やがて、静かな口調でライは言葉を継いだ。
「俺には判る。００９の帰りを一番望んでいるのはお前だ。お前は、００９が戻ってきて以前のように先頭に立ち、自分を今の重責から解放してくれる事を望んでいる。だがな。００９が戻って来たとしても、元通り……といはいかないだろう。いや、お前達を裏切った００９が戻ってきてからの方が、お前の責任は増すだろう。だから、その覚悟をしておいて欲しいんだ」
「……ジョーは裏切らん」
しばしの沈黙の後、００４は絞り出すような声でいった。
「何があろうと、ジョーは絶対に俺達を裏切らん…！」
吐き捨てるように言い、席を立つ。
ラウンジを出て行く００４の後ろ姿に、ライは小さくため息をついた。
（…駄目…か……？）
そう思い、首を振る。
（いや……まぁ、すぐには納得出来ないだろう…な……）
だが、現実を目の前に突きつけられる前に、せめて００４だけでも覚悟を決めて貰えないだろうか、とライは想う。
（………酷…か……）
グラスのウイスキーを一息に飲み干す。
（だが……００４しか居ない……。奴が駄目なら……）
他にどんな手があるだろうか？ ライには皆目見当もつかなかった。
☆
本部が発見されぬまま、無為に時間だけが過ぎていった。全員の苛立ちは、もはやピークを越え、絶望感が広がる。
だが、００９が生きているだろうという事は、全員が確信していた。
それには、無論、ライの『００９は殺されないだろう』という言葉の影響も少なくなかったが、００１の発言によるところが大きかった。
００１は言った。自分と仲間達との間には『絆』がある、と。これまで多くの時間を共に過ごしてきた事、同じサイボーグである事、そういった『絆』によって結ばれている。だから、たとえ対ＥＳＰフィールドの中に居たとしても、その存在が消えてしまえば判る筈だ……と。そして、００１は００９の存在が感じられると言った。何処に居るのか、どんな状態なのかは判らないし、ましてコンタクトを取る事など不可能だ。それでも、今、この瞬間、同じ世界に００９が存在している、その事だけは感じられる、と。
それ故に、００ナンバー達は、必死の捜索を続けていた。
そして。
ついに、ライの『００９はお前達を裏切るだろう』という言葉が証明される日が、来た。
その日。
昼下がりの物憂い空気を、突如、けたたましい警報が切り裂いた。
「て…敵だぁっ！」
００７のうわずった声が研究所内に一斉放送される。
間髪をいれず、全員が動いた。
「数はっ！？」
司令室に飛び込むなり、００４が叫ぶ。それへ、００３が応じた。
「一機よ！」
「なに？」
ディグが素早くコンソールを操作して、敵機の映像をメインスクリーンに映す。
青い空をバックに飛ぶ、黒い戦闘機が一機。それだけである。
「…確かに、一機だな……」
いささか拍子抜けした表情で、００２は呟いた。
「どうする？ ハインリヒ……？」
スクリーンを見ながら、００８が問う。それへ００４が答える前に、ライが口を挟んだ。
「あれは、無人機だな」
００４がライをじろりと見る。
「何の思念波も感じられん。人間…少なくとも、思考する生き物は、乗っていない」
僅かに左目を細め、遠くを見るようにしてライが言う。００４は００３を見遣った。
「ええ。ライ博士の言う通りよ。誰も乗っていないわ」
００４の意図を察して、００３が答える。
「無人機アルか。偵察アルかね？」
００６が呟く。それへ、００７が肩をすくめた。
「元々あちらさんの研究所だぜ？ 偵察の必要、あるのかね？」
「俺が行って、撃ち落として来ようか？」
００２が００４を見る。
「この距離ならば、対空レーザーを最大射程で撃てば当ります」
ライの後ろに控えているアイラニが言う。ほんのひと呼吸の間考えを巡らし、そして、００４は頷いた。
「……よし。その、対空レーザーってのを……」
「あっ！」
スクリーンを見ていた者達が息を飲む。
００４が射撃命令を出そうとした途端、無人機が小さな固まりを射出し、そして、反転急上昇すると離脱していったのだ。
一方、射出された物体の方は、ほんの数秒間自由落下をすると、小さなパラシュートを広げ、ゆっくりと宙を漂い始める。
「…な…なんだ、ありゃ？」
００２が全員の気持ちを代弁して呟く。
「……何か、四角くて平たい物が入っているわ……。小さいモノよ。手の平に乗りそうなくらい……。危険物では…なさそうね……」
００３が言う。
スクリーンに映し出された、小さなパラシュートを睨みつつ、００４は改めて口を開いた。
「…ジェット、あれを、回収してきてくれ」
「おうっ！」
００２が司令室を飛び出して行く。
それを見送り、そして一同は再びスクリーンに注目した。
「記憶チップだな……」
包の中から出てきた物体を見て、ディグは言った。
「Neo Black Ghost 内で使われてるモノだ。命令の伝達とか、各種記録映像を保存したりするのに使う……」
「中を見てみるか？」
００８が言うのへ、００２が肩をすくめた。
「ま、そうしなけりゃ、一体なんだか判らんな」
「そうだな…かしてみろ」
その言葉にディグがうなずく。そして、記憶チップを受け取ると、コンソールの一角に歩み寄った。
スリットにチップを差し入れ、キーを操作する。
「ふむ……これは、映像データだな。メインスクリーンに出力するぞ」
外部カメラの映像が消え、一瞬、画面上をノイズが埋める。
次の瞬間、ややうつむき加減に立つ、一人の男の姿が映し出された。
「…！…」
ライを除く、その場にいた全員が息を飲む。
黒に銀の模様が入ったブーツ。黒いズボン。黒い上着の立ち襟には、銀糸の縫い取り。長い黒のマントを肩から垂らして。
「……ジョー………」
００３が消え入りそうな声で呟いた。
ややうつむいていた００９が、ゆっくりと瞳をあげる。無表情な冷たい瞳。そして、おもむろに口を開いた。
『……００ナンバーサイボーグ、ギルモア、ディグ、及びライとその一党に告ぐ。お前達が、我々 Neo Black Ghost の本部を捜している事は判っている。だが、お前達がいかなる方法を取ったとしても、ここを発見することは不可能だ。無益な抵抗を止めて、ただちに降伏せよ。……我々には、お前達の長所も短所もすべて判っている。戦ったとしても、お前達に勝ち目はない。ただちに降伏せよ。殺しはしない。それとも…そこで座して死を待つか？ …００４。全員を、お前の強行策の犠牲にするか？ ……かつてヒルダを巻き込んだように。……００２、お前が熱くなるのは勝手だ。だが、忘れるなよ。死ぬのは、そこにいる全員だ……』
冷徹な声音で００９が続ける。その一言一言が、鋭い刃となって一同の心を切り裂く。全員が呼吸さえ忘れ、立ち尽くしていた。
静まり返った室内に、００９の冷たい声だけが響く。
『……ディグ、ライ。頭を冷やしてよく考えろ。どちらに付くのが得策かをな。今戻って来れば、一時の気の迷いでした事はすべて水に流して、相応の地位を与えよう。……猶予期間は１０日間。選択は、二つに一つ。全員が降伏するか、それとも死ぬか……。降伏の意思無き場合には、この俺が、兵を率いて攻撃をかける。勝てると思うのなら……』
嘲笑。
『試してみるのもいいだろう。ただし。賭けの代償は、そこに居る者達全員の命だ。……よく考えるんだな』
００９が口を閉じて目を伏せ、そして、スクリーンがブラックアウトする。
口を閉じてから映像が消えるまでの僅かな間に、降伏勧告をする間中無表情であったその瞳に、一瞬、苦痛の影がよぎったのに気付いたのは、ライだけであった。
☆
「…ジョーが…ジョーが俺達を裏切る訳がないんだ…！」
００２が叫び、一同を見回す。
「そうアル。ジョーが裏切る訳、ないアルヨ」
「だけど、あれは……？」
００８がそう言って、００４を見る。
「………あれは……」
００４が呟くように言う。
「…あれは、きっと、なにかのワナだ！ そうに違いねぇ！」
００２が叫ぶ。
「でも…でも、あれはジョーよ。ジョーなのよ……」
００３が消え入りそうな声で言う。００２は黙ってしまった。
「…やっぱ、裏切り……？」
００７がそう言い、全員がら睨まれる。
「ジョーの奴が、俺達を裏切る訳ないだろっ！ そんな事をするくらいなら、死ぬ。そういう奴だ！」
噛み付かんばかりの勢いで００２が叫ぶ。００７は首をすくめた。
「……ライは、何と……？」
おそるおそる、といった調子で００８が００４に問う。全員がしんとなって、００４に注目する。
「ライは……」
低い声で００４は答えた。
「…ライは、ジョーは裏切るだろう、と言った」
全員が騒然となる。
「まさか……？」
「ジョーが……」
互いに視線を交わしあい、やがて全員の視線が００４に集まる。
「…で、…どうする…？」
全員を代表して、００２が問う。
しばしの沈黙の後、００４は口を開いた。
「……何としてでも、Neo Black Ghost 本部を見つけ出して、ジョーを助け出す。裏切ったかどうかは……アイツに会えば、判る」
「…それで、もし…もし、ジョーが Neo Black Ghost の一員になってたら……？」
００７が問う。それへ、００４は冷たく言い放った。
「その時は、敵の内情に詳しい捕虜ができた、というだけの事だ」
☆
「…ティグ、お前はどう思っている？ ００９が裏切ったと…思っているか？」
００ナンバー達が騒然となっている中、ただ一人、司令室につめ、平常通り基地の警備をしているディグの背に、ライはそう問い掛けた。
「あんたはテレパスなんだろ、ライ。俺の心を読んだらどうなんだ？」
ぶっきらぼうに答えるディグに、ライではなく、その後ろに控えていたアイラニが色めきたった。
「ディグ！ なんという暴言を！ ……ライ様は…」
「やめろ、アイラニ」
「し…しかし……」
「いいんだ」
不満顔のアイラニを軽く手をあげて制し、ライはディグに向き直った。
「……ディグ、お前がどう思っているかは判らんが、これだけは忘れないでいてくれ。００９は、決して自ら望んで膝を屈するような奴じゃない。だが、それでも屈してしまう…いや、屈さざるをえない時があるんだ」
そう言い、ライがくるりと背を向ける。
「ラ…ライ様…！」
アイラニが慌ててその後を追う。
その背にディグが声を掛けた。ライが歩みを止める。
「ライ……。俺の心を読まんのか？」
「…戦士としての資質と、戦いが好きかどうかは、別の問題だ。ディグ、もしお前が、優れた戦闘能力を持っていたら、常に戦い続けるか？ それによって多くの者を死なせ、更に多くの者を悲しませると判っていても？」
「……」
「俺の力は両刃の剣だ。嫌われていると感じる事と、嫌われていると判る事とは……違う。だいぶ慣れたが、それでも……楽しいことではない」
ディグに背を向けたままそう言うと、ライは再び歩を進めた。
「待て！ ……悪かったよ……ちょっと、気がたってたんだ。こういう状況だ、大目に見てくれ。……座れよ。話を…しよう」
「００４達は、００９は決して裏切らない…と信じている。お前はどうだ？ ディグ。お前も、００９が裏切る事はない、と思っているか？」
改めてライが問うのへ、ディグは首を振った。
「いや……以前の００９なら違っただろう。だが、００９が連れ去られたのは、バイスに拷問された直後だ。傷の治癒すら十分ではなく、その上……」
つと目を伏せ、言葉を継ぐ。
「…その上、精神的にもかなりのダメージを受けていた。……００４達は知らないが…バイスの基地から救出された後、００９は毎晩のように、悪夢に虐まれていた……バイスの拷問の夢に……」
「…そうか……」
ライがため息をつく。
「…にもかかわらず、その心には一片の恐怖もなく、完全な平静を保っていたのか…。つくづく、凄い奴だな……」
「……俺の基地から逃げる時、００４達は００９を置き去りにしたんだ。やむをえない状況であり、００９自身が望んだことでもあったんだが……それでも、００４達にとっては苦い記憶だ。それを思い遣って、００９はバイスから受けた苦痛と恐怖とを、ひとり胸の中にしまい込んで、平静を装っていたんだ」
苦々しげにディグが言う。
「だから、００４達は００９の苦しみを知らない。だから、彼等は００９が裏切らないと、信じていられるんだろう」
「……なるほどな……」
ライが溜め息を吐く。
「だがまぁ、いくらなんでも時間が経ちすぎてる。彼等だって、薄々は判ってる…だろう」
ディグが言うのへ、ライも頷いた。
「……ああ。そうだろうな。だが、心がついていかない。頭では理解できても、納得できないんだ」
嘆息。
「ともあれ、当面はあの降伏勧告への対処……か。全ては、それからだ」
「ああ…そうだな……」
このまま皆殺しにされては、００９どころか、誰一人救われない。間近に迫った、降伏勧告への回答が、第一の難問であった。
「……どうしたものか………」
ディグとライ、そしてアイラニは、期せずして同時にため息をついた。
☆
眠りの時間に入っている筈の００１の泣き声が、研究所の空気を震わせた。
＜…らい……らい…！ ……らい！ …＞
「どうしたっ？」
００ナンバー一同、ディグ、ライ、アイラニ、カティサック…等々が００１の寝ている部屋に飛び込む。
「００１？」
ライが問う。それへ、００１は悲鳴のようなテレパシーを叩きつけた。
「…くわいと ダ。くわいと ヲ トラエタ。ドウチョウ スル。シュウチュウ シテ！ ハヤク！」
ライが左目を僅かに細めて意識を集中する。００１がその精神を捉え、同調する。
その瞬間。
「…！…」
がくっとライが膝をつく。
「ライ様！？」
アイラニが駆け寄ろうとするのを、カティサックが押えた。
「ライに触れてはだめです。精神集中の妨げになります」
「し…しかし……」
「ライは００１と同調しています。大丈夫です」
アイラニが黙る。
室内に、００１の泣き声だけが響き渡る。一同は、固唾を飲んで成行きを見守った。
＜らい…？＞
＜００１……これは……？＞
背筋を這い登る、不快感。極彩色の乱舞。呼吸が苦しい。
＜…くわいと ノ セイシンハ ダ。ヒキズラレナイヨウニ…くわいと ノ セイシンハ ニ ドウチョウ シタラ、ハッキョウ スル……。キヲツケテ！＞
＜ど…どうするんだ……？＞
＜オウンダ。くわいと ノ セイシンハ ヲ……ソウスレバ ホンブ ノ イチ ガ ワカル ハズ……＞
＜…わ…わかった……＞
ふっと００１の泣き声が途切れた。ライが床に倒れ伏す。
「ライ様！」
アイラニが悲鳴を上げる。カティサックが素早く振り返り、部下に命じた。
「担架を」
「はっ！」
ゴイドとアッシュが部屋を飛び出す。
「…ライ様！ …ライ様っ！」
アイラニがライを抱え起こし、必死に呼びかける。その隣にひざまづくと、カティサックは脈を取り、小さく頷いた。
「大丈夫。しばらくすれば、気がつくでしょう」
そして立ち上がり、００４を見る。
「００１とライが何を掴んだか、一刻も早くお知りになりたいでしょうが、しばらく…一時間もかからないと思います…ライが回復するまで、待って下さい。ほんの少しの間とはいえ、自分の数十倍の力を持つ００１と同調したのです。かなり消耗しています」
「……わかった…ライが気付いたら、呼んでくれ」
００４がそう言う。カティサックは小さく一礼した。
「承知致しました」
そこへ、ゴイド達が担架を持って、バタバタと駆けてくる。狭い部屋の中にいても、邪魔になるだけだ。００４達は００１の部屋からゾロゾロと出て行った。
☆
「サハラ砂漠、アハガル高原のアファオ山近くで、クワイトの思念波が切れた。対ＥＳＰシールドの中に入ったんだ。だから、恐らくアファオ山中のどこかに、Neo Black Ghost 本部があるだろう」
約２０分後に意識を回復したライは、もうしばらく休んだ方がいい、と眉をひそめるカティサックと、哀願するアイラニを振り切って、会議室に出向いた。
「アファオ山…か……砂漠のド真中だな」
００２が呟く。
「まぁ、ハデにやっても迷惑がかからなくていいんじゃないの」
００７が言う。
「言っておくが、これは罠だ」
今にも飛び出していきそうな一同に、ライは言った。
「……なに…？」
００４が聞き返す。
「００１が、そう言った」
ライの言葉に一同は顔を見合わせた。
「どういう事だ？」
代表するように００２が尋ねる。それを見返して、ライは困惑気味に答えた。
「……呼ばれた…んだそうだ。００１は」
「誰に」
「クワイトに」
「なんだって！？」
全員が一斉に叫ぶ。詰め寄ってきそうな雰囲気を押し返すように片手を挙げ、ライは言った。
「俺にはどういう事か判らん。００１が言うには、最初、００９の気配を感じた、と。それで思念を伸ばそうとした途端、クワイトと接触したのだそうだ。つまり、００９と００１の間にある絆を利用して、クワイトはコンタクトを取ってきた……らしい。とはいえ、クワイトの方はテレパスではないし、００１もクワイトに同調する訳にもいかなかったから、何らかの意志疎通があったという訳では無いそうだ。単に、接触しただけで、わかった事と言えば、相手の位置だけ。ただ、向こうから接触してきた事から考えて、何故かは知らないが、我々に自分の位置を知らせるのが目的だったんだろう……というのが００１の意見だ」
「どういう事だ？」
眉間に皺を寄せて尋き返してくる００７に、ライが肩をすくめる。
「さて…俺には皆目判らん……」
「ジョーは……無事…なの？」
００３が震える声で尋ねる。それへ痛ましげな視線を向け、ライは首を振った。
「すまないが……それも、全く判らないんだ。俺自身、００９と接触していないし、００１もしてないと言っていた」
そう言って言葉を切る。００３が両手で顔を覆い、小さく肩を震わせる。その様子に唇を噛み、ライは００３を視界から外した。強烈な哀しみの感情は、どんなに固いブロックをも押し流してしまうのだ。それでも、視界から外せばいくらかはマシになる。ライは、ほっと息を吐いて、言葉を継いだ。
「それから……これも００１が言った事だが、恐らく、００９の方はクワイトと００１が接触した事に全く気付いていないだろう。テレパスでもエンパスでも無い００９には、わからなかった筈だ…と」
沈黙。
「……罠…か……」
００４が呟く。
「どう…する……？」
００８が００４を見る。
「罠だろうが知ったこっちゃ無い。行こうぜ、ハインリヒ！ 他に手があるかい？」
００２が叫ぶように言う。
「例の降伏勧告だって、回答期限まで、あと２日なんだぜ？ ぐずぐずしてる場合じゃない！」
立ち上がって力説する００２に、皆が頷く。
そしてまた、沈黙。
全員が００４に注目する。
決断を求めているのだ。リーダーたる００４の。
（……くそっ…！）
００４が組んだ腕の影で、ぐっと拳を握り締める。他に手は無いのか、と思う。これが最善の策なのか？ 危険は無いのか？ 誰かが死ぬ事になりはしないのか？
（…他に手があるかどうかは判らない……。最善の策かどうかも……。危険は…ある……あるにきまってる。イワンが罠だと言っているのだし、俺だって…アヤシイ話だと思う……）
だが。もう、悩んでいる場合では無い。その事だけは間違いない。
決断をしなくてはならなかった。
誰かが決定を下し、全員が動き出さなくてはならない。その、命を賭けて。
「…ハインリヒ…？」
００２が問いかける。
（ちくしょう！）
何で俺なんだ、と思う。勝手にしてくれ！ と言いたい。だが。
（……一人では出来ない…誰一人として、一人では……）
自分を含め、全員で事にあたらなければ勝ち目はない。いや、全員であたったとしても、勝てるのかどうか判らないのだ。
そして。００４はおもむろに口を開いた。
「…出撃は、明日の早朝。全員で出る。留守は…ディグに一任する。ライは、俺達と来て貰おう」
「私も行きます！」
アイラニが叫ぶ。それを、００４がじろりと見る。しかしアイラニはひるまない。
「私は、ライ様の副官であり、護衛です！」
「……好きにしろ」
やや投げやりな調子で００４が答える。
「他に意見のある者は？」
誰も何も言わない。
「では……準備にかかろう」
翌朝、００２から００８までの七人と、ライ、アイラニの計九人を乗せたドルフィン号は、サハラ砂漠中央部にあるアファオ山を目指して飛び立って行った。