戦闘開始は、日没と同時だった。
タイムリミットは、日の出。それまでにタイラントは、手に持った『荷物』を守りつつ『敵』である００９を倒さなくてはならない。
昼夜が逆転しただけで、条件は前回とすべて同じ。夜間の戦闘であることが自分にとって有利なのか不利なのか、それはタイラントには判然としなかった。
しかし、漆黒の闇の中での戦闘が００９に与える精神的影響は、想像に難くない。
勿論、これまで一度も夜間の戦闘をしなかった訳ではないし、その結果はタイラントの負けに終わっている訳で、従って、この闇の中で戦わなくてはならないことを００９がどう感じているにせよ、それがその作戦遂行能力に些かの乱れも与えていないのは明白だった。
（……っとに鉄壁の自制心、だよな……）
未だ悪夢に苛まれることが少なくないというのに。
隣で寝ているタイラントが、その悲鳴で飛び起きたのは、一度や二度ではない。
（……くそっ……）
つまりこの夜間戦闘は、００９が自分で自分に課した試練でもあるのだ、とタイラントは思う。
（だから俺は……）
それを利用しなくてはならない、と思う。
これまでは、それができずにいた。こんな暗闇の中に００９を長時間居させたく無いと思い……勿論、自分自身も『あの時』を思わせるような夜の針葉樹林に長居したくないと思い……
（決着を焦って返り討ち、だったからな）
その上、自分の負けとはいえ決着が付いて、夜の針葉樹林から出られるということに安堵さえしていたのだ。
（甘い……甘すぎるだろ。それじゃ……）
何のために００９がそういう状況を設定したのか？ それを考えれば、自分の行動は何の意味も無いどころか、むしろ、その意図を踏み躙ることになっていたのだ、とタイラントは苦く思う。
００９を傷つけたくないと思い、けれど結局は毎度大怪我をさせ、しかも与えられた課題はクリアできない。
（これじゃ俺は、いつまで経っても……ジョーの隣には立てない）
何度やっても００９は自分に怪我ひとつ負わせず勝つ。それが意味することは何なのか？
無意識に考えないようにしていたそれを、昨日一晩必死で考え、そしてタイラントはひとつの結論に達した。
（つまり……ナメられてるって訳だ、俺は……）
対等の相手では無いと、手加減をしても勝てる相手だと、いや、手加減をして護らなければならない存在であると……つまりは『仲間』では無いのだと、そういう事なのだ。
その結論はタイラントにとって極めて屈辱的で、絶対に認めたくないものだった。だが、認めない訳にはいかなかった。
何故ならば。
（俺は結局……ジョーの出した課題をひとつもクリアできてない……）
自分をコントロールできず、００９を傷つけ、『任務』は失敗。
（そりゃナメられるだろ……）
そんな事で対等の相手と認めてもらえる訳がない。
（だから……）
甘さは捨てる。自分の果たすべきことの為には、どんな手段でも使う。
たとえ『敵』が００９であっても。
自分にこの『任務』を課したのは他ならぬ００９なのだ。そこに立ち戻れば、本当に護るべきが何なのかは、考えるまでも無く自明ではないか。
「……やってやる……」
誰にともなくタイラントはそう呟いて。

そして。
剣呑な瞳をした格闘戦用サイボーグは、漆黒の闇が支配する針葉樹林の中へと消えていった。

『荷物』を抱えて大き目の岩に背中を付けて空を仰ぎ、タイラントは戦闘開始からどれくらいの時間が過ぎただろうか？ と考えた。
昼間の戦闘であれば陽の光の加減で時刻の予測はつけ易いが、夜間、しかも深い森の中での戦闘となると星も見えないから、時刻を知るのは難しい。
しかし、戦闘開始時には見当たらなかった筈の欠けた月が、木の梢の先にチラリと見えることから、深夜を過ぎた時刻……けれど朝の薄明までは未だ多少の間がある時刻……だろうとタイラントは推測した。
（ここからが……勝負だな）
最も闇の濃い時間帯。総てが寝静まったような静寂。一晩中神経を張り詰めてきた者にとって、一番辛い時間帯。この時間帯こそが、決着をつけるのに適した時だった。
（……ジョー……）
数十分おきの短いスパンで、それから一時間以上あけて……と、日没から今までの間に小競り合いのような戦闘は幾度も繰り返してきている。そのうちの何回かは００９の方から仕掛けられたものだが、多くはタイラントの方から仕掛けたもので、戦闘そのものも、戦闘と戦闘の間の精神的な消耗戦も、ここまではタイラントの方がある程度の主導権を握れていた。
それらの小競り合いで００９へ与えた筈のダメージを冷静に思い返しつつ、タイラントはこれから先どう攻めるべきかを考える。
（未だ……決定打になるようなダメージは負わせてない筈……。勿論、多少のダメージくらいじゃあジョーは止められない。だから……）
ふっと何かを感じ、タイラントは息をひそめた。
（……来た…？）
はっきりとは判らない、だが。
（ジョーにだって、明るくなり始める前のこの時間帯しか無いってのは、わかってる。ってことは）
多分、仕掛けてくる……とタイラントは思う。そして。
（来たっ！）
空気が鳴る。聞き慣れた、加速装置が巻き起こす旋律。
それが耳に届くやいなや、タイラントはその場から飛び退いた。
岩陰から木の陰、木の陰から岩陰、そしてまた次の岩陰……と、遮蔽物を間に挟むようにして、追ってくる００９との距離を取る。
そうやって移動しながら、あらかじめ探しておいた『荷物』の隠せそうな場所のひとつに近づき、小さな洞穴の中にそれを放り込んだ。
次の瞬間。
振り返って、加速装置、作動。

二つの小さな竜巻が、とがった落ち葉を撒き散らしながら木々の間を駆け抜けていった。

戦闘の主導権は、どちらにあるとも言い難かった。
双方とも致命的なダメージを受けず、また相手にも与えられないまま、攻防は続いて。
けれど。
ついにその均衡が破れる時が来た。

パワーで優るタイラントの攻撃を受け止めきれず、００９が僅かにバランスを崩す。その一瞬の隙を逃さず、タイラントは００９の左足を蹴り折った。
「……っ！」
瞬間、足を折られた００９ではなく折ったタイラントの方が、悲鳴を堪えるかのように唇を噛みしめて。
けれどタイラントはそのままの勢いで容赦なく攻撃を続け、更に００９の右腕をも叩き折った。
たて続けのダメージに、さしもの００９の瞳にも苦痛の影が閃く。だが、それでもタイラントは攻撃の手を緩めない。００９に体勢を立て直す時間を与えず、一気に左腕を折り、右膝を砕いて。
「……ジョー…ごめん…っ」
泣きそうな声。それに００９が目を見開く。
けれど。
何を言う間も、悲鳴を上げる間すら００９には無かった。
両手両足を折られ成す術の無い００９をタイラントが地面へと叩きつけ、渾身の一撃を食らわせる。
そして、００９は意識を失った。

ぜぇぜぇと肩で息をして、タイラントは地面に膝を付いた。
痛い。
とてつもなく痛い。
痛くて苦しくて、全身が震え、涙が頬を伝う。
だが、そんな場合ではなかった。
「……っ、くそ……」
しっかりしろ、と自分を叱咤して。
とにかく一刻も早く００９をウィッチのところに連れて行かなくてはならない。
「……ジョー……」
歯を食いしばり、ぐったりとなっている００９を抱えあげる。

一陣の風が針葉樹林を駆け抜けて行く。
東の空は、仄かに白みはじめていた。

「ウィッチっ！」
「うひゃぁっ」
蹴破られた扉が壁に叩き付けられる音と大音量の叫び声に、ソファに転がって寝ていたチアフルは飛び上がった。
「なっななな何っ？」
目をぱちくりさせて見れば、そこに立っているのはタイラントだった。
「へ？ タイラント……？」
半分寝ぼけた頭は、タイラントが抱えているモノを見た瞬間、一気に覚醒した。
「……ジョーっ？」
それは勿論００９だった、だが……。
「ちょ…おまえ……何をっ……」
慌てて駆け寄ってタイラントが抱える００９の有様を見、チアフルは言葉を失った。
それに構わず、タイラントが再び怒鳴る。
「ウィッチっ！」
「うるさい、静かにおし！」
それへ鋭い声で答えつつ出てきたウィッチの薄氷の瞳が、００９の全身を素早く見遣って。
「そのまま、こっちに持ってきなさい」
そう言って背を向け手術室へと向かうウィッチを、００９を抱えたタイラントが追った。

取り残されたチアフルは暫しの間ひとり立ち尽くし、それから床に落ちた扉を眺め、深い溜息を吐いた。
「……コレ、俺が直す……のかなー……」
他に誰もいないよな、直しそうな奴……と弱々しい声で呟いて。
もう一度溜息を吐くと、チアフルは工具箱を取りに行くべく踵を返した。

「もう、交換用の部品が無いわ」
一昼夜に渡る手術が終わって意識を取り戻した００９に、ウィッチが最初に言った言葉はそれだった。
「日本にも、最低限のストックしか無い」
何か質問は？ と言うウィッチに、００９は黙って首を振った。
その様子を薄氷の瞳が暫し見つめて。
そして、ウィッチは言った。
「……いい加減、判ったんでしょうね？」
ぞっとするほどに冷淡で、酷薄とも取れる口調。
きつく唇を噛み、００９が微かに頷いて。
氷点下の静寂。
「結構」
短くそう言い、ウィッチは壁際に置いてある端末の方へと踵を返した。
「あ……」
それを目で追いながら００９が慌てて身を起こす。
「……あの……ウィッチ……」
「お黙り」
００９が口を開きかけた途端、端末に視線を向けたまま、ウィッチはそれを鋭く遮った。
「謝罪も感謝もいらない。何の役にも立たないし、そもそも私はやるべきことをしてるだけ。あんたの部品を一通り揃えるには一ヶ月以上かかるから、今は何を頼まれても私に出来ることは無い。私はあんたの考えていることを理解した上で協力してるんだから、これ以上の説明は不要」
ぴしゃりと言い放つウィッチに、００９が言葉に詰まる。
沈黙。
まるで誰もその場に居ないかのように端末へと視線を向けているウィッチの背中を、００９は暫しじっと見詰めて。
「……怒ってる…のかな？」
独り言のような言葉。それに、ウィッチが大きく溜息を吐く。
そして、くるりと００９に向き直るとキッパリと言い切った。
「呆れてるのよ」
「あ…あの……」
「あんた達にじゃないわ、自分に、よ」
「………」
意味が判らず００９が黙る。それを見据えたままウィッチは言葉を続けた。
「私は色々な選択を誤ったわ。けれど、そういった間違いを積み重ねた結果、今ここに居ることに意味を見出している。それに呆れてるだけ」
００９の茶の瞳がまっすぐにウィッチを見る。強い意志を秘めたその視線を、薄氷の瞳が弾き返して。
「行きなさい」
支配的な響きを含んだ声音。
一瞬の沈黙の後、静かに頷くと００９は手術室を後にした。

閉じた扉を暫し眺め、ウィッチはやれやれと溜息を吐いた。
「何だってあの二人は何でも実力行使なの……」
互いの想いを相手に判らせるには、もっと別の方法がいくらでもあるというのに。
（……まぁ、タイラントが馬鹿すぎるのは、そうなんだけれどね）
あの二人が似ていると言った００３の言葉を思い出し、ウィッチは首を振った。
「それが最大の問題よ、フランソワーズ」
判っているでしょうけれどね……と呟いて。
端末に向き直り、タイラントのデータを呼び出す。
（次は、あの馬鹿の再整備……）
それでやっと、今回の件は終わりになるのだ。
（そうしたら……）
００３が勧める、温泉、とかいう所に行った方がいいのかもしれない、とウィッチは思った。

今回の『合宿』はここまで……と００９が宣言したところで、ウィッチがタイラントの再整備をすると言い、タイラントがそれに逆らえる筈も無く（実際問題として、００９とあれだけの戦闘をしたのだから、点検くらいは必要だろうとタイラント自身も思っていたこともあり）、事前チェックをするからとタイラントはウィッチに連れて行かれる。
そんな訳で、リビングではチアフルと００９がコーヒーを飲みながらのんびり寛いでいた。

００３直筆の日本食レシピ集を挟んでひとしきり盛り上がり、それが一段落したところで不意にチアフルは言った。
「ところでさ、良いわけ？ これで……？」
唐突な言葉だが、それがタイラントとの『合宿』の事をさしているのは明らかだったので、００９は小さく頷いた。
「うん、いいんだ……これで」
「マジかよ……」
信じられない、というようにチアフルが００９を見る。それへ、困ったような笑みを浮かべて００９は言葉を続けた。
「まあ……僕の根負け、かな？」
「はぁっ？」
とても００９のものとは思えない言葉に、チアフルは素っ頓狂な声を上げた。
「こ…根負けぇ？」
なんじゃそりゃ、と呟くチアフルを暫し見つめ、００９がゆっくりと視線を下ろす。そして、手に持ったコーヒーカップを何となく回しながら、００９は静かに口を開いた。
「タイラントは、僕とは違う。それは当たり前なんだけど……。でも僕は、それが判ってなかった。そんな当たり前の事も判らずに、僕は彼に僕と同じ事ができるようになる事を求めた。僕がするみたいに、『敵』に怪我を負わせず勝てるようになるべきだって……」
「いいんじゃないの、それで。いや、結局、タイラントには出来なかった訳だから、良くは無いんだろうけど……」
不思議そうに言うチアフルに、００９は首を振った。
「駄目なんだ」
目を閉じ唇を噛んでコーヒーカップを握り締める。
長い沈黙。
やがて。ゆっくりと目を開き、机の上にコーヒーカップを置いて、００９は静かに息を吐いた。
「僕が彼にやろうとしてた事は……突き詰めれば、クワイトが僕にした事と同じだったんだ」
「………」
「彼の意思を無視して、僕は彼を僕の思い通りにしようとした」
タイラントのありようを無視し、もう一人の自分、『もうひとりの００９』にしようとしていたのだ、と００９は言う。
それに応えたのは、抑揚の無い、人らしい感情のまるで欠落した声だった。
「……その何処が悪い？」
疑問でもなく事実を述べているのでもない、ただ音の連なりでしかないような、その言葉。それを発したのは、勿論、目の前に居る明るい金髪に黄玉色の瞳をした男。どんな色も浮かべていない無機質な視線が、ただ００９に向けられていて。
それを見詰め返し、００９は答えた。
「悪いよ。タイラントは僕じゃない。一番大切なその事実を、僕は踏み躙った」
だからタイラントは抵抗したのだ、と００９は続ける。
「僕の腕を折って……足を折って……タイラントは泣いてた。自分が腕や足を折られてるみたいに辛そうだった……でも！」
ギリっと歯を食いしばり、チアフルを睨み据えるようにして００９は言葉を続けた。
「でもタイラントは止めなかった、僕を倒すまで！ それが……成すべき事だったから！ だから……判ったんだ。僕がタイラントに怪我をさせずに彼を倒すことができたのは……それができていたのは、タイラントが僕に倒されてもいいと、そう思っていたからだって事がっ！」
ゆっくりと息を吸い、吐いて。
それから００９は静かに付け加えた。
「甘かったのは、僕だ。賭けは……君の勝ちだよ」
けれど、チアフルの黄玉色の瞳には、やはり、何の感情も浮かばなかった。

バン…と物凄い勢いで扉を開けて部屋に戻ってきたタイラントに、ベッドの上に転がってチアフルから借りた雑誌を眺めていた００９は目を瞬かせた。
「どうしたんだい？」
そう声をかけた００９に、タイラントが泣きそうな目で手に持っていたファイルを差し出した。
「え？ 何コレ……？」
思わず受け取ってしまい、何となく中を見る。見て、００９は首を傾げた。
「………？」
ややこしそうな数式と化学式と、細かい図面、びっしり書かれた説明文らしき文章。
「タイラント……？」
隣のベッドにばったりと倒れこんで唸っているタイラントに声をかける。
「何なんだい、コレ」
「……ぅ…ぅ…っ」
「へ？」
「…ぅ…ぅ…ぅ…ぅ…っ」
突っ伏したまま何かを言っているらしいが、何を言っているのかサッパリ判らない。
「タイラント……」
はぁ、と溜息を吐き、００９は傍らに置いておいた雑誌を掴むとタイラントの頭を目掛けて投げつけた。
「……っ、ってぇっ！」
雑誌の角が見事にぶつかり、タイラントが飛び起きる。
「ジョーっ！」
何すんだよ、と睨みつけてくるのを無視して００９は手に持ったファイルを掲げて振ってみせた。
「何なんだよ、コレ」
「ウィッチが作った、新しい部品の設計書。明日までに全ページ見ないとなんない」
「？」
「時々あるんだ、メンテナンスがてら部品を新しい仕様のに変えようかって事。で、その時には設計書に目を通して、前のままで行くか新しいのに変えるかの判断を、しないとなんないんだよ」
「へぇ……」
目を丸くし、００９は改めて手元のファイルへ視線を落とした。
「………」
一枚めくり、二枚めくり……、そしてタイラントを見遣る。
「凄いね。僕、全然わからないけど……君は判るんだ」
心底感心したという口調に、タイラントは拳を握り締めて泣き叫んだ。
「わかるわけないだろぉっ！」

「判らないなら、読まなきゃいいのに……ていうか、ページめくって眺めるだけなんだろ？ そんなんなら、ウィッチに説明してもらえばいいのに」
ベッドに寝転んだまま、せっせとページを繰るタイラントを見上げ、００９が言う。
「説明な……。一回、頼んだことがあるんだ……」
それで？ というように００９が眉を上げる。
「すっげー後悔した。死ぬかと思った」
机に座らされ、基礎理論からはじまる説明が朝から晩まで……と言い、タイラントは身震いした。
「もうやだ。絶対無理。脳が煮える、蒸発する……」
「……大変だったんだ……」
「それで、結局、概要だけ聞いて、あとは設計書の全ページを眺めるってので勘弁してもらうことになった」
とにかく眺めるだけ眺め、『一通り見た、良く分からないけど任せる』と言えばそれで良いという事になった、とタイラントは溜息を吐く。
「……おつかれさま」
それ以外に言うべき言葉も見つからず、００９は先に寝ることにした。

タイラントの再整備と一部部品の新規品への入れ替えが終わり、テストを兼ねた００９との模擬戦も、二人のどちらもが怪我をすることなく無事に終わり、かくして、二週間に及んだ『合宿』は終了となる。
その、最後の朝。

せっかくだから散歩に行こうと言う００９と連れ立ってタイラントが向かった先は、二人が何度となく戦いを繰り広げた針葉樹林だった。
早朝の光が木々の葉に照る様を眺めながら並んで歩く。
そうやって黙ったままどれほど歩いただろうか。不意にタイラントは立ち止まった。
「ジョー……」
００９が足を止め、くるりと振り返る。それをまっすぐに見つめ、タイラントは口を開いた。
「感謝してる」
その言葉に、００９が目を見開く。
「俺は未だ、お前の隣で一緒に戦える程、強くない」
きっぱりとした言葉に目を瞬かせ、そして００９は首を振った。
「タイラント……。君は、強い。君は強いよ」
それは、あの極北の地で言ったのとは違う意味でだ……と００９は思う。
けれど、００９がそれを言葉にするよりも早く、タイラントは頷いた。
「あぁ。それも……判った、と思う」
その応えに、００９がはっとタイラントを見る。
「俺は……確かに、お前の言うように強い。でも、それは未だ半分なんだ」
自分の強さ、弱さ、足りないもの……それらが判って初めて、自分は出発点に立てた、とタイラントは言う。
「だから。今は未だ、お前の隣で一緒に戦える程、俺は強くない。でも。それでも」
強い視線が、００９の茶の瞳を射る。
「俺は、お前に付いていく。たとえ地獄の果てまでだろうと。だから……」
逃げるな。
その言葉を、タイラントは真正面から叩き付ける。
それは、どんな刃よりも冷厳で、灼熱の鎖よりなお容赦なく。
あたかも吹き荒ぶ暴風に立ち向かうかのように目を細め、そして、００９は応えた。
「あぁ」
その必要は、もう、無くなった。